大陵苑から道路を挟んだ向かい側にある「仁旺洞古墳群」

「世界遺産『慶州歴史地域』で韓国のルーツを探る旅」前編からの続きです。大陵苑の表門から出て道路を渡ると、こちらもきれいに整備された公園になっています。入り口には「世界遺産 慶州歴史遺跡地区」と書かれた石標があります。ここも入場無料で、大陵苑に比べると小さめなサイズの古墳がポコポコと並んでいるのが見られます。遠くには自然の山々、近くには人造物である古墳が、ここでしか見ることのできない景観を織り成しています。

遠景と近景の対比が見事 遠景と近景の対比が見事

見つめているうちに印象が変わってくる「瞻星台」。その理由は?

このエリアで、観光客がこぞって記念写真を撮っているのは、「瞻星台(せんせいだい/チョムソンデ)」。花崗岩を積み上げた高さ9.1メートルの塔で、国宝に指定されています。実は私は、「ここは観光写真も実物もほとんど印象が変わらない気がする」と思っていました。そして実際に訪れてみると……、ああ、やっぱり「写真と同じだなあ」と思ってしまったのです。さしたる高さも目立つ装飾もない、朴訥な造形の塔です。しかし、せっかく来たのでともかく写真を撮り、周囲の古墳群の茫洋とした風景を見渡しているうち、この塔がこの風景の中でいかに特異な存在であったかということを、徐々に実感してきました。

誰が撮っても同じように撮れる「瞻星台」 誰が撮っても同じように撮れる「瞻星台」

「天文台」説が一般的だが確たる証拠なし

瞻星台の作られた正確な年は不明ですが、善徳女王(在位632〜647年)の治世下に作られたようです。「東洋最古の天文台」といわれています。しかし「モニュメント」「日時計」「宗教的施設」といった異説もあり、いずれも決定的な説とはなっていません。そんな歴史の謎を残したままの瞻星台は、小さいながらも“本物の迫力”を感じるのです。本当に古いものだけが持つ力です。というのも、ここ慶州だけでなく今の韓国は、全国的に復元・整備事業を推進しており、ともすると、パッと見ると美しいけれど歴史の奥深さを感じられない造形物が増えてきているからです。

園内循環バスもどうぞ(景観をぶち壊しな気もしますが……) 園内循環バスもどうぞ(景観をぶち壊しな気もしますが……)

ややテーマパークのような雰囲気に変わりつつある慶州

韓国は、古来から度重なる戦乱や文禄・慶長の役により多くの文化財や史料が失われてしまった国です。そのため「ほぼ想像に頼って復元をしている」という批判を、韓国国内でもしばしば耳にします。私も慶州歴史地域見学の最後に、復元が完成したばかりの「月精橋(月浄橋とも)」を見ました。この橋はもとは760年ごろにできた橋ですが、当時とはまったく異なる大規模なものが作られました。出来たてなので実に美しく、遠くからでも目を奪われる立派な造形物です。ただこれは「復元」とはいいませんね。当時と同じなのは場所のみです。

国内で議論の的となった「月精橋」。なんだかんだいっても、やはり美しい! 国内で議論の的となった「月精橋」。なんだかんだいっても、やはり美しい!

「国の歴史とは?」問いかけつつもう一度風景を見直そう

復元事業は、国としての記憶を呼び戻したいという意志の表れです。たとえ想像に頼った復元になってしまうとしても、そのこと自体を外国人がたやすく否定すべきではないと思います。しかし、復元物が増えるに従って、慶州の古都らしいひなびた雰囲気は少しずつ消えていくような予感がしました。その意味で、ポコポコと並ぶ古墳の曲線と山々の稜線とのマッチングや、1400年近くもあの場所にぬっと立ち続けている瞻星台の姿が、ますます貴重なものに思えてくるのです。私は時間の都合でこれだけしか回れませんでしたが、ぜひ時間をたっぷり取って、慶州歴史地域の風景を味わってくださいね!

新羅王国時代とあまり変わっていないであろう風景 新羅王国時代とあまり変わっていないであろう風景