季節を変えて、また訪れたくなる文化遺産保存公園

「制限時間1時間、大邱で日本家屋を訪ねるプチトリップへ! その顛末は?」前編からの続きです。慶尚監営公園の歴史は古く、1601年から慶尚監営が置かれていたのです。「監営」とは、朝鮮時代にそれぞれの道(ド。韓国の行政区画)の観察史が執務をおこなっていた「庁舎」のことです。1900年代にも慶尚北道の政務の場でしたが、1970年からは公園となりました。有形文化財である「宣化堂」「澄清閣」は必見ですよ。池に張り出すように造られた鐘堂は、とてもドラマチックな風景を形作っています。冬場だったためか、あいにく池の水は抜かれていましたが、夏には水辺で憩う大邱市民がたくさん集まるのでしょうね。

内容大充実の、大邱観光マップ 内容大充実の、大邱観光マップ

観光案内所よありがとう!

公園の南東の隅に、観光案内所がありました。ここで日本家屋に関する質問ができるかも? そう思って、ひとりだけいた案内の女性に尋ねてみました。その人は少し日本語を話せて、日本家屋の集まる辺りを教えてくれました。また、日本語の観光マップもくれたのです。大邱って、日本のガイドブックでもあまり詳しく取材されていないし、ネット情報もさほど多くないし、頼みのGoogleマップはハングルと英語表記なので読みづらいし、なかなか旅行が厳しいのですよね。でも、こんなに懇切丁寧なマップをもらえるのなら、もう大邱散策も迷いません。大邱に来たら、まずは観光案内所で日本語マップをもらいましょう!

この感じは、日本らしい建物では……? この感じは、日本らしい建物では……?

日本家屋の残るエリアで、記憶の底をくすぐられるような体験

さて、こうした経緯をたどって、やっと日本家屋が残る北城路エリアへとやってきました。とはいえ、別に「これは日本統治時代の日本家屋です」と看板が出ているわけでもなく、ただ自分で「あの建物がそうかな?」と判断するだけなのです。私のような昭和の人間にはその推測もしやすいですが、若い日本人には、もしかしたら自力で見つけるのは難しいかもしれません。工具街として有名な北城路ですが、今はちょっとさびしい雰囲気。こういう通り、日本にもありそうな……。ハングルの看板がなかったら、日本の一地方都市を歩いているような感覚になりました。

銭湯のタイル絵を思い出すような、昔懐かしい意匠 銭湯のタイル絵を思い出すような、昔懐かしい意匠

まだまだ見どころいっぱいの大邱。果てしなく街歩きが続きそう

美しくリノベーションが施されて、いかにも日本人旅行者が好みそうな、和テイストのカフェなどもできています。それもステキですが、やっぱり昭和の人間には、もうくたびれてしまった化粧タイルで装飾されている日本式の建物の方に、よりノスタルジーを感じてしまいます。また、北城路裏手の路地にも、平家や二階建ての日本家屋が小料理屋や質屋などとして営業しており、興味深いものでした(ひとりで路地裏に入るのは、やや勇気がいりますが)。たった1時間しかいられませんでしたが、それでも大邱は印象深い街でした。しかも、ご紹介したところはすべて無料でまわれるんですよ。次回はもっと時間を取って歩きたいものです!

日本のようでいて、どこでもないような不思議な気持ちになる裏通り 日本のようでいて、どこでもないような不思議な気持ちになる裏通り