観光の宝庫マカオで一番のお勧めはどこ?

マカオは、世田谷区の半分くらいの面積しかない(29.5㎢)大変小さな街です。このせまい土地に新旧の観光スポットがギュッと詰まっています。私もマカオが好きでリピートしていますが、中でも一番好きな場所、それが今回ご紹介する「聖ポール天主堂跡」です。古くからの、王道中の王道観光地。マカオに行ったことのない人でも、誰でも写真は見たことがあるでしょう。ここの魅力は、なんでしょうか?

キリスト教伝来を刻むマカオの聖ポール天主堂跡は、由緒正しきマカオ観光のハイライト キリスト教伝来を刻むマカオの聖ポール天主堂跡は、由緒正しきマカオ観光のハイライト

聖ポール天主堂跡の歴史とは

聖ポール天主堂跡は、17世紀初頭に、イエズス会のポルトガル人と、長崎から迫害を受けてこの地まで逃れてきた日本人キリシタンとが協力して建造した天主堂です。1835年の火災で大部分が焼失し、現在残っているのはほぼファサードのみです。正面から見るとその堂々たる姿に圧倒されますが、横に回ると、今度はその薄っぺらさにびっくりします。よく立っていられるものだと思ったら、やはり倒壊の危険があるため、鉄骨で裏側から支えているのでした。初めてここへ来たとき、観光客の多さに呆れ、蒸し暑さにもうんざりして、疲労感を覚えつつ近づいていきました。しかし、間近に近寄ってファサードのレリーフを見上げたとたん、いきなり胸を打たれて立ち尽くしました。人込みに揉まれながら、私はもうまったくそこを動けなくなりました。とりたてて芸術性が高いというわけでもないのですが、それだけにかえって、技巧を超えてストレートに訴えかけてくる“心”を感じたのです。

レリーフを見上げ、昔の困難を思う

単純化されて彫られたヤシの木は、日本にもポルトガルにもない、この南国の木。その上の部分には、荒波を越えている船。この地への旅路を表しているのでしょう。骸骨や悪魔は追い払われ墜落していき……さらに上の部分には、迫害されていた日本人キリシタンに使われたと思われる拷問具があり……その迫害をおこなった徳川家康が魔物の姿として彫られ、聖母マリアに頭を踏みつけられています。限られた面積の壁面にレリーフが並んでいました。これらすべてが、「こんなに遠くまで来たのだ。こんなに苦しんだのだ。この遠いマカオ、この場所に思いの丈を込めて建てたのだ」と、訴えていました。海風が、ファサードからうわっと吹きつけてきたような気がしました。

リピーターの方も、また訪れてみよう!

キリスト教宣教師も日本人キリシタンも、強靭な体力が必要だったでしょうし、ここへ着いてからもわくわくしたり、どきどきしたりの連続だったでしょう。帰りたくて泣いたでしょう。ここの気候や人間になじもうとがんばったことでしょう。そういったことをとめどなく想像させるスイッチがカチッと入る力を、この聖ポール天主堂跡は持っています。東洋一の壮麗な教会とかつて讃えられた姿を、今はもう見ることはできないけれど、その全貌はミロのヴィーナスの“失われた両腕”。あったはずのほんものの代わりに、さらに美しい建物への空想をも無限に広げられますよ。