香港で禁止になったおかげで、マカオのギャンブルが栄える

世界各地にあるカジノを紹介するこのシリーズ。今回はマカオからです。「アジアでカジノ」というと、真っ先に思い浮かぶのがマカオではないでしょうか。1999年までポルトガルの植民地だったマカオは、香港から高速船でわずか1時間の距離。香港では賭博が禁止されていたことから、このマカオでギャンブルが発展するようになったのです。やがてマカオは、「東洋のラスベガス」と呼ばれるように、ギャンブルの街のイメージが強くなって行きました。

教えて!世界のカジノ事情【マカオ編】 世界最大のカジノに成長したマカオのカジノの歴史 教えて!世界のカジノ事情【マカオ編】 世界最大のカジノに成長したマカオのカジノの歴史

スタンレー・ホーによるカジノ独占体制

1962年にスタンレー・ホーがマカオのカジノの独占運営権を手に入れると、ラスベガスやモナコなどのカジノをお手本に、ホテル&カジノの「リスボア」をオープンさせます。以降、スタンレー・ホーは港湾や空港、フェリーなどの交通インフラにも積極的に力を入れ、香港から多くの観光客を呼び込むことに成功したのです。また、リスボアはマカオのランドマークになりました。しかしそのホーの独占も、1999年のマカオの中国への返還、2002年の独占営業権の終わりと共に終わりを告げます。マカオを併合した中国政府はマカオを総合リゾートとして発展させるため、外資を広く導入して、カジノ営業権の国際入札を決めたのです。

外資を導入し、観光客が増大した2000年代

その結果、スタンレー・ホー参加のSTDM社のほかに、香港のギャラクシー社とラスベガスのウィン・リゾーツ社がライセンスを受け、カジノを併設した大型リゾートホテルが次々にオープンすることになります。これらの施設が増えるのと、中国政府が自国観光客のマカオへの入境を制限付きながら認めていったこともあり、マカオの観光客数は、2000年の800万人から2012年には2800万人に増え(うち6割が中国からの観光客、香港人を入れると合計が8割に)、2013年のカジノ収入は約4兆7500億円とラスベガスの5倍以上となりました。今では文句なく、「世界最大のカジノ都市」となっています。もっとも、マカオのカジノの売上上昇と反比例するように、ラスベガスは1998年を分岐点として、カジノ以外の売上がカジノ収入を上回るようになって行きます。つまり、総合リゾートに転換して行った訳ですね。

ラスベガスよりも客室数は少ないのはなぜ?

その点、マカオの収入は圧倒的にカジノによる収益が占めています。たとえば2009年の統計ですが、ラスベガスの客室数は約14万8000室で、マカオの1万8000室の約8倍。つまりマカオでは、「ホテルに泊まらずにカジノを楽しむ人が多い」と言えるでしょう。もちろん香港からの日帰り客が多いこともありますが、逆を言えばエンタテイメントなどカジノ以外の遊びをもっと増やして行けば、今後は客室数をもっと増やすことも可能でしょう。現にコタイ地区を中心に、マカオはさらなる開発が見込まれているのです。そんなカジノの歴史が大きく転換期を迎えているマカオ。今が注目です!