ボロボロな壁にしか見えないけれど、これが世界遺産……?

「世界遺産『聖ポール天主堂跡』周辺を散策しよう(前編)」からの続きです。そのナーチャ廟のすぐ脇にある、地味そのものな壁こそが、世界遺産に登録されている「旧城壁」です。ほんの数メートルの、うっかり見過ごす人が続出しそうなこの壁は、いったいなぜ世界遺産になったのでしょう? ポルトガル人がマカオに住み始めた頃、ポルトガル人居留区に城壁を築きました。しかし、この1569年に建てられた城壁は今ではほとんどが失くなっており、現存しているわずかな壁がここなのです。

旧城壁にあるアーチ形の入り口 旧城壁にあるアーチ形の入り口

成り立ちを知ると、壁が“ただの壁”でなくなる!

旧城壁は、わら、土砂、牡蠣殻を混ぜた「シュナンボー」と呼ばれる材料を用いて造られています。居留区を守る城壁を築くのは本国ポルトガルの伝統、けれども使っているのは石材ではなくこの土地の伝統的な材料。つまりこの壁自体が、東西文化の融合を象徴していると言えるんですね。旧城壁の、小さなアーチ形の入り口をくぐってみましょう。すぐ右手にあるのは「ナーチャ展示館」です。2012年にオープンした、わずか70平方メートルのかわいい展示館です。入場無料、水曜休館の展示館は、マカオ市民のナーチャ信仰の深さを感じさせます。

ボロボロな旧城壁。左手がナーチャ展示館 ボロボロな旧城壁。左手がナーチャ展示館

マカオの今と昔を行ったり来たりするスポットです

19世紀の廟、16世紀の城壁に続いて、コンクリートの現代的な展示館。取り合わせの妙を感じておもしろいものです。そして、城壁の入り口をくぐると、また別の風景が広がっているんですよ。ここは「茨林圍」という地区です。日本で迫害を受けたキリスト教信者たちの一部がマカオへ逃れ、この地区で暮らしていたという、日本とゆかりのある場所なのです。聖ポール天主堂建設には、ここに住んでいた日本人信者たちも参加したといいます。

いつもひっそりしている「茨林圍」 いつもひっそりしている「茨林圍」

日本人信者が思いの丈を込めた教会建築

実際は、日本とマカオのキリスト教徒が力を合わせて……という美談でもなく、安価な労働力として日本人が雇われたようです。それでも、聖ポール天守堂跡のファサードを見てください。マカオへ逃れてきた日本人信者の苦悶が、技巧を超えてストレートに伝わってきます。迫害に使われた拷問具や、徳川家康の顔をしているといわれる龍の魔物、そして抑えがたい望郷の念を表すかのような、菊の花の装飾。つらい偶然が重なったことで、唯一無二の宗教芸術たる教会建築が生まれたのです。

昔ながらの民家が建ち並ぶ界隈 昔ながらの民家が建ち並ぶ界隈

東西の歴史に思いを馳せる世界遺産めぐりとなりますよ!

茨林圍には、今でも地元の人が生活しています。「圍(=囲)」という字が表すとおり、この地区は低い壁に囲われています。マカオ随一の観光地に隣接しているにしては、異様なほど静かです。世界遺産の聖ポール天主堂跡を観光開発するにあたり、政府がこの地区を隔離したということです。観光客を歓迎するムードはないので、静かに散策しましょう。ナーチャ廟、旧城壁、そして茨林圍は、たった200平方メートルほどの範囲内にあります。しかし、聖ポール天主堂跡周辺のこのスポットは、日本をも含めたダイナミックな東西の交差点なのです。

じっくり時間をかけて見学してみましょう! じっくり時間をかけて見学してみましょう!