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世界遺産「聖ポール天主堂跡」周辺を散策しよう(後編)旧城壁と茨林圍


掲載日:2017/10/10 テーマ:世界遺産 行き先: マカオ / マカオ

タグ: 一度は行きたい 街歩き 教会 建築 史跡 世界遺産 歴史


ボロボロな壁にしか見えないけれど、これが世界遺産……?

旧城壁にあるアーチ形の入り口 旧城壁にあるアーチ形の入り口

「世界遺産『聖ポール天主堂跡』周辺を散策しよう(前編)」からの続きです。そのナーチャ廟のすぐ脇にある、地味そのものな壁こそが、世界遺産に登録されている「旧城壁」です。ほんの数メートルの、うっかり見過ごす人が続出しそうなこの壁は、いったいなぜ世界遺産になったのでしょう? ポルトガル人がマカオに住み始めた頃、ポルトガル人居留区に城壁を築きました。しかし、この1569年に建てられた城壁は今ではほとんどが失くなっており、現存しているわずかな壁がここなのです。

成り立ちを知ると、壁が“ただの壁”でなくなる!

ボロボロな旧城壁。左手がナーチャ展示館 ボロボロな旧城壁。左手がナーチャ展示館

旧城壁は、わら、土砂、牡蠣殻を混ぜた「シュナンボー」と呼ばれる材料を用いて造られています。居留区を守る城壁を築くのは本国ポルトガルの伝統、けれども使っているのは石材ではなくこの土地の伝統的な材料。つまりこの壁自体が、東西文化の融合を象徴していると言えるんですね。旧城壁の、小さなアーチ形の入り口をくぐってみましょう。すぐ右手にあるのは「ナーチャ展示館」です。2012年にオープンした、わずか70平方メートルのかわいい展示館です。入場無料、水曜休館の展示館は、マカオ市民のナーチャ信仰の深さを感じさせます。

マカオの今と昔を行ったり来たりするスポットです

いつもひっそりしている「茨林圍」 いつもひっそりしている「茨林圍」

19世紀の廟、16世紀の城壁に続いて、コンクリートの現代的な展示館。取り合わせの妙を感じておもしろいものです。そして、城壁の入り口をくぐると、また別の風景が広がっているんですよ。ここは「茨林圍」という地区です。日本で迫害を受けたキリスト教信者たちの一部がマカオへ逃れ、この地区で暮らしていたという、日本とゆかりのある場所なのです。聖ポール天主堂建設には、ここに住んでいた日本人信者たちも参加したといいます。

日本人信者が思いの丈を込めた教会建築

昔ながらの民家が建ち並ぶ界隈 昔ながらの民家が建ち並ぶ界隈

実際は、日本とマカオのキリスト教徒が力を合わせて……という美談でもなく、安価な労働力として日本人が雇われたようです。それでも、聖ポール天守堂跡のファサードを見てください。マカオへ逃れてきた日本人信者の苦悶が、技巧を超えてストレートに伝わってきます。迫害に使われた拷問具や、徳川家康の顔をしているといわれる龍の魔物、そして抑えがたい望郷の念を表すかのような、菊の花の装飾。つらい偶然が重なったことで、唯一無二の宗教芸術たる教会建築が生まれたのです。

東西の歴史に思いを馳せる世界遺産めぐりとなりますよ!

じっくり時間をかけて見学してみましょう! じっくり時間をかけて見学してみましょう!

茨林圍には、今でも地元の人が生活しています。「圍(=囲)」という字が表すとおり、この地区は低い壁に囲われています。マカオ随一の観光地に隣接しているにしては、異様なほど静かです。世界遺産の聖ポール天主堂跡を観光開発するにあたり、政府がこの地区を隔離したということです。観光客を歓迎するムードはないので、静かに散策しましょう。ナーチャ廟、旧城壁、そして茨林圍は、たった200平方メートルほどの範囲内にあります。しかし、聖ポール天主堂跡周辺のこのスポットは、日本をも含めたダイナミックな東西の交差点なのです。

※記事は掲載日時点での情報であり変更されている可能性もあります。ご了承下さい。(掲載日:2017/10/10)

※旅行前には必ず、外務省の海外安全ホームページで訪問地の安全情報についてご確認ください。
※この記事はガイドレポーターの取材によって提供された主観に基づくものであり、記事は取材時時点の情報です。
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