世界でもっとも成功したといわれる計画都市イスラマバード

1959年まで、パキスタンの首都は南部のカラチでした。しかしカラチは蒸し暑い町です。映画「沈まぬ太陽」(原作山崎豊子)で、主人公の渡辺謙が航空会社のカラチ支店で奮闘する場面がありますが、蒸し暑さがよく描かれているように思います。港はあるものの、交通の便の悪さもあって、このカラチから遷都の地に選ばれたのが計画都市アーブバーラでした。パキスタン北部のマルガラ丘陵の麓の原野が切り拓かれたのです。18キロほど南にはインドとアフガニスタンを結ぶ交通の要衝として栄えてきたラーワルピンディの町があります。町の広さは東京23区とほぼ同じ。50℃近い夏の暑さはカラチと同様ですが、冬は日中でも10℃と東京並みの寒さです。ここにギリシア人の都市計画家ドグシアデスが、碁盤の目に整備された町を築いたのでした。遷都と同時に名前も新しくなります。「イスラムの町」という意味のイスラマバードの誕生です。

すごい計画都市〜パキスタンの首都イスラマバードは歩けない町 すごい計画都市〜パキスタンの首都イスラマバードは歩けない町

計画的に入居する

イスラマバードは、マルガラ丘陵の南側に直角三角形に似た形で設計されました。一辺が2キロもある四角い街区が、碁盤の目の道でつながっています。街区の数は60以上。ゴチャゴチャとした、いかにもアジアらしいカラチとは異なり、官庁街や大使館街、会社街、学校、病院、高級住宅街などが整然と建てられていきました。日本で言えば、東京の霞が関と丸の内、田園調布が合わさったような町なのです。高層ビルの立ち並ぶ一角は、まるで先進国さながらで、碁盤の目による道も広く、無機質な街ができ上がりました。政府はオートリキシャの乗り入れを禁止します。おかげで僕のような個人旅行者は困ります。夏の炎天下、ひとつの街区の一辺が2キロもあるのに、安宿から銀行や、観光案内所など、離れたところを歩かされるのです。計画都市とは、歩いて楽しい町などではなく、歩いてつらい、車社会を前提とした町なのでした。

物価高を克服できずに…

仕方がないのでタクシーに乗れば、費用がかさみます。レストランも高級店はありますが、庶民の店を歩いて探すには、運が必要でした。それでも丹下健三デザインの最高裁判所、サウジの王家が寄贈したトルコ人建築家ヴェダッドによるファイサルモスクは必見です。大統領官邸や国会議事堂からまっすぐ伸びるジンナー・アベニューには、ブルーエリアと呼ばれる一帯があり、商店や外国資本のファストフード店があり、旅行者が一番楽しめる地域かもしれません。緑の公園があり、南部には新しい高級ホテルも建設中です。ただし裏通りに目を転じると、アジアらしくゴチャゴチャになってきているようです。イスラマバードのすべての街区はまだ埋まったわけではなく、今でも造られている最中で、現在の人口は80万人弱。世界に類を見ない変な町だと思っていますが、現在は治安が不安定なので、ツアーで訪れたほうがいいでしょう。