正解のないのが旅とはいえ……

弾丸ツアーではなく、自分でスケジュールを決めることができる旅は、楽しさの半面、「この街にどれくらい滞在したらいいだろうか?」と悩むこともあります。正解がないのが旅とはいえ、せっかくの限られた時間、できるだけ後悔したくないものですね。私はこの“いつからいつまで”の問題で、ほろ苦い失敗を2回してしまいました。

いつからいつまでここにいる?次の街へと腰を上げるのはいつか いつからいつまでここにいる?次の街へと腰を上げるのはいつか

パキスタンで歓待されたのはいいけれど

卒業旅行で行ったパキスタンのラホールで、ふとしたきっかけから民家にしばらく泊まらせてもらっていました。最初は初めての経験に興奮していた私ですが、毎日毎日、親戚の家をまわっては歓迎されるくり返しに飽きてきました。また、滞在している家の、暇を持て余した女性たちの相手をすることにも飽きてしまいました。厳格なイスラムの家庭では、女性が必要以上に出歩くことは好ましくないとされているため、女性はたいてい家にいるか、親戚の従姉妹を訪ねてはおしゃべりをして過ごしています。私は彼女たちの格好の暇つぶしでした。

別れ際、さまざまな思いが去来して

部屋をあてがってもらい、食事や洗濯もお世話になっているのだから恩返しとして相手をするのは当然ですが、それでも「もう次の街へ発ちたい」という欲望と、「私はいつまでこんなことをしているんだろう」という焦りから、だんだんと女性たちと一日を過ごすのが苦痛になってしまいました。勇気を出して出発したいということを告げ、引き止める彼女たちを振り切るようにして別れた……つもりでしたが、実は私は別れ際に万感の思いが押し寄せて、泣きじゃくっていました。「もっと早く発つべきだった、こんなに別れがつらくなる前に」「やさしくしてもらったのに、内心でうんざりしていた。私は自分勝手で冷たい」といった気持ちが涙をあふれさせたのでした。しかし女性たちは誰も泣いていませんでした。彼女たちにとって、私は通り過ぎる旅人であり、精一杯の歓待をしたことで満足しているようでした。

学習能力のない私は、インドネシアでも

二度とあんな思いはしたくないと思ったのに、これと同じ経験をインドネシアのジョグジャカルタでもついくり返してしまいました。やはり同じように、ふとしたことで女子大生の家に泊まることになり、日夜くり返す彼女の友達とのガールズトークに飽きてしまったことが。私をあちこちに連れて行ってくれた(その当座は“引っ張り回された”とも感じていました)女子大生の彼女は、私が浮かべていたうんざりした表情を読み取ったようです。そのため、空港まで送ってくれた彼女との別れ際は、どことなくしらけた感じになってしまいました。

旅の後悔を減らすために

この2回の出会いと別れは、私が長期旅行をできた当時ならではの体験ともいえますが、短期旅行でもそれなりに、人との、街との、出会いと別れのドラマはあるものです。“いつからいつまで”一緒にいるか?旅を楽しい思い出で彩るために見つめ直す永遠の課題かもしれませんね。