シンガポールとヨーロッパの結びつき

シンガポールの中でももっともイギリス植民地時代の面影を色濃く残しているエリアが、シティ・ホール周辺です。この辺りにはコロニアル調の建物が建ち並び、ここがマレー半島の最南端と接する小島であることを忘れそうになります。しかし、街角をよく見れば、シンガポールがヨーロッパと深く結びついたアジアの果てであることを思い起こさせるような建築も、また健在だということに気づきます。MRTシティ・ホール駅から徒歩約7分、ヒル・ストリート沿いに建つ「アルメニアン教会」へ行ってみましょう。

シンガポールのかわいい教会、アルメニアン教会へ行ってみよう シンガポールのかわいい教会、アルメニアン教会へ行ってみよう

このかわいい教会がシンガポール最古の教会

アルメニアン教会(別名セント・グレゴリー教会)は、1835年設立の、シンガポールで最も古い教会です。アイルランド人建築家のジョージ・コールマンが設計した、ネオ・クラシック様式の建築で、ドーリア式の円柱が目を惹きます。よく手入れされた庭にはキリストの受難を表す現代的な像が置かれ、そこだけ見ると美術館の庭にいるような気分になります。堂内はこぢんまりとしていて、風通しがいいように窓やドアがたくさん開いています。訪れる観光客も少なく、安らげる雰囲気です。

アルメニア移民たちの歴史を紐解くと……

この教会は、その名のとおり、シンガポール在住のアルメニア人たちの寄付によって設立されました。「アルメニア人がどうしてシンガポールに?」。内陸の小国アルメニアは、古来より大国からの迫害に苦しんできました。迫害を逃れるため、彼らは外国へ積極的に移住しました。マドラス(現チェンナイ)、カルカッタ(現コルカタ)などのインド各地を始め、ダッカ、ラングーン(現ヤンゴン)、ペナン、そしてシンガポールにも、アルメニア人は移民していったのです。シンガポールではアルメニア人たちは商業的に成功を収め、あのラッフルズ・ホテルを創業したサーキーズ兄弟のような富豪も現れました。

シンガポールで最小のコミュニティー「アルメニア人」

故国での民族的悲劇に思いを馳せながら、遠い南国でみずからのアイデンティティーを支えるには、教会の建設は必然だったことでしょう。かわいい外観のこの教会には、このような歴史が秘められているのです。1941年のピーク時には100人いたシンガポールのアルメニア人は、2002年には30人にまで減少し、現在では、アルメニア人コミュニティーは衰退の一途をたどっています。そのため、この教会もアルメニアの「オーソドックス(アルメニア正教)」とは別の系統のクリスチャンによって維持されているそうです。シンガポールの街角で、遠いアルメニアの歴史を考えるひとときは、あなたのシンガポール旅行をより深いものにすることでしょう。