「タイでもっとも有名なアメリカ人」といわれた男

タイ・シルクのお店として知られる「ジム・トンプソン」は、アメリカ人のジェイムズ・H・W・トンプソンが始めたものです。どんな人物だったのでしょうか。第二次世界大戦後にタイを訪れたトンプソンは、ほとんど忘れかけられていたタイ伝統の絹織物の美しさに目を止めました。1948年には「タイシルク商会」を設立し、西洋風の洗練されたデザインで積極的にタイシルクを国外に紹介しました。ファッション雑誌『ヴォーグ』に売り込んだほか、1951年にはミュージカル『王様と私』に衣装を提供するなど、宣伝にも力を入れたため、タイシルクは世界的に知られるまでになりました。トンプソンは実業家としても成功し、タイでもっとも知られた外国人といわれています。タイのシルク産業の復興に貢献した功績により、外国人が受ける最高位の勲章である「白象勲章」を受けています。

タイ・シルクを世界に広めたアメリカ人、ジム・トンプソンの人生(前篇) タイ・シルクを世界に広めたアメリカ人、ジム・トンプソンの人生(前篇)

建築家から軍隊、そして情報機関へ

ジム・トンプソンは、なぜタイに来たのでしょうか。評伝などを読み進めると、経歴は単なる実業家ではありません。トンプソンは、1906年にアメリカ東部のデラウェア州に生まれました。プリンストン大学で建築を専攻し、1930年代にはニューヨークで建築家として活躍しています。1941年に志願してアメリカ軍に入隊。その後、現在のアメリカ中央情報局(CIA)の前身にあたる戦略情報局(OSS)に転属し、ヨーロッパで任務に就きます。1945年にはセイロン(現在のスリランカ)に移り、日本占領下で抵抗を続けていた地下組織「自由タイ」運動支援のために活動しました。任務のためにタイに向かっていた矢先、日本の降伏により第二次世界大戦が終結。戦略情報局のバンコク支局長としてタイに赴任することになります。

戦後は実業家に転身

トンプソンの人生には、第二次世界大戦前後の東南アジア情勢とアメリカのかかわりが大きく影響しています。戦後のタイには、軍事政権とそれに抵抗するグループ、さまざまな思惑からそれぞれの派を支援する外国勢力とが複雑なバランスで存在し、不安定な政情でした。1949年に中華人民共和国が成立後、ベトナムやラオスでは共産主義勢力が活発化していて、タイとその周辺国の共産化を恐れるアメリカにとって、バンコクは東南アジアにおける重要な拠点でした。トンプソンは、戦時中の人脈や経験を生かして情報収集に携わりましたが、1946年に除隊した後は、タイに戻ってビジネスの世界に入ります。一時、タイで最高級のホテル「ジ・オリエンタル」の経営にもかかわっています。(後篇につづく)