シルク・ビジネスでの大きな成功

タイでは、伝統的に東北地方で養蚕が行なわれてきました。絹の原材料は、蛾の一種の幼虫である蚕がつくる繭から得られる糸です。桑の葉で蚕を育て、成長した蚕が繭をつくった後、吐き出した糸を巻き取り、製錬して加工するまでには、たいへん手間のかかる作業が必要です。しかし機械生産による安価な布が出回った結果、作業時間を要するために高価なシルクは儀式などで使われるだけになり、細々と生産されるだけになっていました。トンプソンは、強い光沢をもち、独特の風合いのタイシルクの質に注目して、その魅力を引き出せる染料や織り方を研究し、現代的なデザインによって世界に紹介しました。トンプソンの父親も繊維に携わる仕事をしていたそうですが、類まれな美的感覚が、なかば埋もれていた伝統工芸に光を与えたといえるでしょう。

タイ・シルクを世界に広めたアメリカ人、ジム・トンプソンの人生(後篇) タイ・シルクを世界に広めたアメリカ人、ジム・トンプソンの人生(後篇)

アジア美術への傾倒と古美術品の収集

タイシルクを扱ったビジネスは順調に成長し、トンプソンは「シルク王」とよばれるほどの富豪になります。もともと美術に関心をもっていた彼は、仕事の傍ら、東南アジアの古美術品を熱心に収集するようになりました。ビルマやクメールの仏像や彫刻、タイの青磁、絵画など、愛好家との交流を通じて知識を蓄えていったようです。また、建築の技術を生かして、タイ伝統の建築様式の古民家6棟を移築し、自宅として使うようになりました。運河沿いに立つこの家こそ、「ジム・トンプソンの家」とよばれ、国宝級のコレクションが収蔵された私設美術館になっているものです。

キャメロン・ハイランドでの謎の失踪

20年以上にわたるタイでの生活はそのまま続くかのようにみられていたのですが、1967年、トンプソンは休暇で訪れていたマレーシアの高原キャメロン・ハイランドで行方がわからなくなります。大捜索にもかかわらず、手がかりは得られませんでした。突然の失踪は、事件に巻き込まれたのか、戦中の諜報活動と関係があるのか、または個人的な事情で姿を消したのか、今もって真相はわからないままです。W・ウォレンによる『ジム・トンプソン 失踪の謎』ほか、F・マシューズの『王は闇に眠る』、松本清張の『熱い絹』など、失踪事件を取り上げたり、謎解きに挑戦した作品はいくつも発表されています。タイ旅行の前に読んでおくと、ジム・トンプソンや、当時のタイの政情や社会を知る手がかりになるかもしれません。