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インドネシア独立戦争の最初の舞台となったスラバヤと日本の関係をアニメで知る 後編


掲載日:2017/06/30 テーマ:映画のあの場所 行き先: インドネシア / スラバヤ(インドネシア)

タグ: おもしろい ためになる 一度は行きたい 歴史


イギリスがスラバヤ港に上陸

「スラバヤの戦い」の激戦地となった橋、ジュンバタン・メラ 「スラバヤの戦い」の激戦地となった橋、ジュンバタン・メラ

「スラバヤと日本の関係をアニメで知る 前編」からの続きです。敗戦後、日本への引き上げに応じず、そのままインドネシアに残って独立派に加わった日本兵も数千人いました。日本の兵士たちは、前までは敵だった連合国側につくか、前までは支援していた独立軍につくかを迫られたのです。日本の降伏から一ヶ月後の9月になって、ようやく連合国の第一陣としてイギリス軍がジャカルタに上陸。オランダ勢力が戻ってくるまでの間、連合国を代表してイギリスと独立派が一時的に交渉することになります。そんな中、10月25日にスラバヤに上陸したイギリス軍と独立派の間で戦闘が起きます。これが「スラバヤの戦い」です。

インドネシア独立戦争の発端となった「スラバヤの戦い」

スラバヤ市の北にある港に上陸した英軍は、旧市街で独立派と激しい戦闘を行います。この戦いの死傷者ははっきりしていませんが、6日間にわたる戦闘でイギリス軍側が約1400人、独立は1万人以上といいます。停戦後、イギリスは英領インドの世論もあり(上陸した軍はおもに英領インドから送られてきた。インドではちょうどインド独立を求める声が高まっていた)、撤退を始めます。正直言って、イギリスは自分たちに何の得にもならない、独立派との戦闘は避けたかったことでしょう。英領インドでさえ独立運動問題で頭が痛いのに、関係ないオランダ領インドシナでわざわざ独立派と戦うなんて無駄なことです。そしてスラバヤの戦いは、独立運動にさらに火をつけることになりました。

アニメ映画は歴史に忠実ではありませんでしたが、、

このアニメ映画は、戦いにまきこまれていく少年と、暗殺者に仕立て上げられた少女との交流を中心に描き、この「スラバヤの戦い」も登場しますが、それほど“歴史忠実指向”でもなく、日本のニンジャ軍団が登場するなど、荒唐無稽の部分もあります(笑)。でもまあ、インドネシア側から見た、この戦いの当時者たちの立場もよくわかります。また、今ではすっかり様変わりしてしまった、スラバヤ旧市街から港にかけての当時の様子が、ビジュアルでわかり、興味深いものになっています。

「スラバヤの戦い」当時の橋が

スラバヤ港から4kmぐらい陸に入った旧市街を流れる川に、「ジュンバタン・メラ」という小さな橋があります。「赤い橋」という意味のように、橋の欄干が赤く塗られていますが、ここはこの「スラバヤの戦い」で激しい戦闘が行われた場所。文字通り橋が血で赤く染まったと言います。アニメ映画にもその戦闘シーンで出てくるなど、インドネシアでは有名な話なのだそうです。その後、日本軍は、脱走して残った日本兵をのぞいて日本へ帰って行きました。スラバヤを訪れてみたら、そんな歴史があったことを思い出しながら、この橋を訪れてみてもいいでしょう。

※記事は掲載日時点での情報であり変更されている可能性もあります。ご了承下さい。(掲載日:2017/06/30)

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※この記事はガイドレポーターの取材によって提供された主観に基づくものであり、記事は取材時時点の情報です。
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