かつて「マドラス」と呼ばれた、コロニアルシティ

ベンガル湾に面した、人口400万を超える南インドの大都市チェンナイ。タミル・ナードゥ州の州都で、南インドへ行く人にとっては空の玄関口となるところです。現在のチェンナイの場所に最初に町ができたのは1世紀頃といわれています。この町は長年、港町として栄えていましたが、なかなか大きな都市にまでは発展しませんでした。それが変わったのは、イギリスがここを貿易の拠点としてから。「チェンナパッタム」と呼ばれていたこの地に、1640年、イギリス東インド会社が要塞を建設。この地を「マドラス」と命名しました。貿易が盛んになると、この要塞から町が生まれました。さらにその町マドラスを中心に、イギリスは南インド全域に勢力を拡大していき、ここに「マドラス管区」と呼ばれる、英領インドの行政地区の中心を置きます。

「マドラス」から「チェンナイ」へ

19世紀には、インド西海岸のボンベイ(現ムンバイ)や、東インドのカルカッタ(現コルカタ)などとともに、マドラスはイギリスのインド統治の中心地となります。そのため、チェンナイ市内には19世紀後半にイギリスによって建てられた、インド・サラセン洋式の建築が今もいくつか残っています。インド独立後は、マドラス州(のちにタミル・ナードゥ州)の州都となりますが、やがてこの州はヒンディー語を公用語としている北インドや中央政府と対抗して、南インド独自の路線を強く打ち出していきます。1996年には、都市名を英語風のマドラスからチェンナイに改名しました。

イギリスの貿易の拠点として築かれた、セント・ジョージ要塞

さて、ざっくりとチェンナイの歴史を知ったところで、観光名所となっているチェンナイの歴史的な建物を紹介していきましょう。当初、チェンナイに拠点を築いたのはポルトガルでしたが、まもなくそれはイギリスに取って代わられます。イギリスが築いた町は、現在のチェンナイ中心部より北側で、「旧市街」と呼ばれているエリアです。その海に面した場所に、イギリス最初の拠点である「セント・ジョージ要塞」の建設が始まったのは1639年のことでした。当初は小さかった要塞ですが、貿易が盛んになるに連れて要塞はどんどん拡張していきます。当時のインドはムガル帝国の時代ですが、地方は小さな諸侯が実質支配していました。そのためそうした地方勢力に攻撃される可能性があるだけでなく、同じ頃インドに進出し始めたフランスもイギリスにとっては脅威でした。なので商館や交易所を守るため、まずは要塞が必要だったのです。(その2に続く)

今も城壁が残るチェンナイのセント・ジョージ要塞 今も城壁が残るチェンナイのセント・ジョージ要塞