ザビエル以外にもあったゴアと日本のつながり

ゴアはザビエル以外にも私達日本人にとって不思議な「縁」がある場所です。イエズス会の修道士フランシスコ・ザビエルがゴアにやって来たのが1542年。日本での布教を始める7年前です。ザビエルはインド各地で布教し、1545年にはマレー半島のマラッカ、翌年には香料諸島としても有名なモルッカでも布教を続け、多くの人々をキリスト教に導きます。その後再びマラッカに戻り、そこで鹿児島出身の日本人アンジロー(ヤジロウ)と出会います。

ポルトガルの香りを放つ世界遺産「ゴアの教会と修道院」(後編) ポルトガルの香りを放つ世界遺産「ゴアの教会と修道院」(後編)

史上初めてインドの地を踏んだ日本人

日本人初のキリスト教徒であるアンジローは、日本人初のインド訪問者でもあるとも言われています。マラッカからザビエルとともにインドに渡ったアンジローはゴアで洗礼を受け、イエズス会によるキリスト教布教の拠点とも言えるパウロ神学校で神学を学びます。ザビエルはアンジローから日本の話を聞き、また彼の人柄を見込んで、日本行きを決心。アンジローを通訳者、さらに二人の日本人従者を伴い、鹿児島・長崎・山口・京都・大分で布教を行います。中国でも布教をしようとしますが、1552年志半ばでその生涯を終えます。遺体はその後マラッカを経てゴアのボム・ジェズ教会へと移されました。

アンジローの学び舎跡

この聖パウロ神学校の跡もオールドゴアに残っています。ザビエルの遺体が安置されるボム・ジェズ教会から東に10分ほど歩くと木の陰に隠れるように、パウロ神学校の門がひっそりと建っています。かつてのアンジローの学び舎は影も形もなく、わずかにこの門だけが当時を偲ばせるよすがとなっています。世界遺産とはいえオールドゴアの中でも訪れる人は少なく、すぐそばの道路を行き交う車やバイクが通り過ぎれば、鳥のさえずりだけが聞こえる静かな場所。400年以上もの昔に、はるばるゴアまでやって来たアンジローが何を想いキリスト教の勉強をしたのか?そういったロマンに思いを馳せるのも素敵ではないでしょうか。アンジローは、言うならば私達のインド旅行の大先輩なのですから。