世界遺産「フェルテー(ノイジードル)湖の文化的景観(フェルテー)」の詳細情報

オーストリアの世界遺産・名所ガイド

Ferto / Neusiedlersee Cultural Landscape

フェルテー(ノイジードル)湖の文化的景観

名称:フェルテー(ノイジードル)湖の文化的景観(オーストリア
英語名称:Ferto / Neusiedlersee Cultural Landscape
ジャンル:世界遺産
分類:文化遺産
登録年:2001年

塩田やブドウ園など自然の中での人々の営み

オーストリア東部とハンガリー北西部にまたがるヨーロッパ最大のステップ湖(内陸湖、平原湖)、塩水湖で、両国で名前が異なる。1993年にオーストリアのノイジードル湖=ゼーヴィンケル国立公園が保護区として承認され、2001年にハンガリーのフェルテー湖周辺を合わせた一帯が世界遺産に登録された。異なる文化が交差する場所で、独特の景観をもつ。ハンガリー側の町ショプロンは、バロック様式の教会や宮殿が残る中世の古都で、湖畔には大貴族エスターハージ家の館が残されている。オーストリア側の町ルストでは、塩田や丘陵地に広がるブドウ畑など、自然と溶け合った人々の営みがみられる。また湖周辺の湿地帯は野鳥の楽園で、280種の鳥類が生息している。

ここに行くツアーを探す

世界遺産を知ってもっと旅を楽しもう
情報提供:世界遺産検定 http://www.sekaken.jp/

現地ガイド発!オーストリアの世界遺産最新情報

2016/08/09 世界遺産

トルコがウィーンにもたらしたカフェ文化は世界遺産になっている

オーストリア旅行イメージ-日本で“ホット”と注文すると出てくるコーヒーに匹敵する「ブラウナー」 日本で“ホット”と注文すると出てくるコーヒーに匹敵する「ブラウナー」

オスマン・トルコ軍は2度に渡ってウィーンを包囲し、ヨーロッパに脅威を与えた。優れた軍隊を誇っていたオスマン・トルコは兵力ではるかに勝っていたにもかかわらず、いずれもウィーンを陥落させることはできなかった。1度目はスレイマン大帝の時代にやって来たが、西ヨーロッパの秋の寒さに耐えられずに撤退。そして2度目にやって来たのは1683年のことだった。ウィーンの市壁突破に手こずっている間にハプスブルク側の援軍が到達し、慌てふためいてトルコ軍はウィーンから逃げ出した。この想定外の援軍到達によっぽど驚いたのであろう。着の身着のまま逃げて行ったかのごとく、色々なものを置き去りにしていった。その残留物の中に混ざっ…続きを見る



世界遺産検定

ソーシャルメディアアカウント

  • twitter

  • facebook


オーストリアの世界遺産「フェルテー(ノイジードル)湖の文化的景観」についてご紹介します。フェルテー(ノイジードル)湖の文化的景観の観光ができるツアープランもあわせてご紹介。
日本最大級のリクルートの海外旅行・海外ツアー検索サイトエイビーロードでご希望のツアーをお探し下さい。