- Hiromi Okishima
- 東京在住の旅行作家。旅の情報のみならず、その国の歴史、文化、芸術、民俗なども紹介し続けている。オーストリアに関する主な著書は『ウィーン』、『ザルツブルク』以上日経BP社、『無形文化遺産・ウィーンのカフェハウス』、『皇妃エリザベートを巡る旅』以上河出書房新社など。大学やカルチャースクールの講師も務めている。
出発エリアをに変更しました。
アウグスティンと書かれた金文字が目立つファサードの装飾
ウィーンの旧市街に、中世ウィーンの街並みをイメージさせる場所がある。シュテファン大聖堂の裏手にあるモーツァルトが住んでいた家の辺りから北へ、ドナウ運河へ向かう一区画だ。有名なケルントナー通りがシュテファン大聖堂広場を通り抜けるとローテントゥルム通りが始まる。通りから一歩東へ入ると、そこかしこに比較的古い家屋が現れ、戦前からの家並が保存されている道もある。その一つがフライシュマルクトと呼ばれる通りだ。フライシュは肉でマルクトは市場なので、かつてここに肉の市が立っていたのだろう。通りでひときわ目立っている建物がグリーヒェンバイスルという名のレストラン。創業は1447年、と驚くほど古い。双頭の鷲の突き出し看板も出ているのですぐ分かる。有名なので通常ならば観光客でいっぱい。満席で座れないこともあるほどだ。
店内は入り口から奥に細長く続いており、色々なタイプの部屋がある
グリーヒェンバイスルのファサードには、アウグスティンというバグパイプ奏者の大きなレリーフが掲げられている。彼は自分の名を使って「いとしのアウグスティン」という歌を作り、酒場を回って歌っていた。その歌詞は、「おお愛しのアウグスティン、金は使い果たし、人はいなくなった。おお愛しのアウグスティン、すべて消え去った・・・」で始まる。大酒飲みのアウグスティンは飲み過ぎて前後不覚になり、ペストで亡くなった人の死体置き場の穴に転げ落ちてしまう。ところがアルコール漬けだったお陰でペストに感染せず、無事に穴から這い上がってきた、という内容だ。一説では、道端で酔いつぶれていたのをペストで死んだと思われ、ペスト患者の死体置き場に投げ捨てられたとも。いずれにせよ感染せずに脱出できたわけだ。この歌はペストが蔓延していた1679年に作られ、庶民の間で大流行した。
味付けは塩コショウ、レモンを絞ってかけるだけのあっさり感が何とも上品で美味しい
グリーヒェンはギリシャのという意味、バイスルはオーストリア特有の言葉でレストランのこと。つまりギリシャのレストランという店名なのだが、全くギリシャ料理ではなく、れっきとしたオーストリア料理の店だ。店名はその昔、フライシュマルクトあたりにギリシャ商人が多く住んでいて、彼らがこの居酒屋を頻繁に利用していたことに由来している。アウグスティン伝説のお陰で店は有名になり、今ではどこの国のガイドブックにも載っているほどに。ヴィーナーシュニッツェル(ウィーン風カツレツ)やグーラッシュ(ビーフシチュー)、ツヴィーベルブラーテン(豚肉のカリカリ玉ねぎ添え)などが定番料理。注文の際に「ちょっと見た目が美しいものを!」、と言うと、魚を薦められた。ラックスのソテーだそうで、チンゲン菜のような野菜のグリーンが映えて盛り付けも美しい。
正面に見える淡いピンクの家がグリーヒェンバイスル
グリーヒェンバイスルの右隣で異彩を放っているのはギリシャ正教会。外観だけでなく、内部もまたこの上なく美しい。ウィーンは19世紀後半に市壁が取り払われ、リングと言う幅の広い環状道路が出現した。通りの両側にはネオバロックやネオゴシック様式の荘厳華麗な建物が次々と建設され、リング大通りを飾っている。旧市街の内側もほとんど新しい建物に変わってしまった。唯一、この辺りだけが古の面影を色濃く残している。ロータートゥルム通りからフライシュマルクトの次のグリーシェンガッセを右に折れると、狭い石畳の路地が現れる。この路地は右にカーブしてフライシュマルクトとぶつかる。その左手の角にあるのがグリーヒェンバイスルだ。近くには怪獣が住んでいたと言われるシェーンラテルンガッセもある。垢抜けたウィーンの街で、素朴だった中世のウィーンに思いを馳せることのできる一区画である。
この辺りにギリシャ人が多く住んでいたことを物語るギリシャ正教会
グリーヒェンバイスル
Griechenbeisl
住所:Fleischmarkt 11, 1010 Wien
電話:+43 1 533 1977
営業時間:通常は、毎日16:00〜23:30
コロナ対策のため、2020年10月現在は火曜から土曜の17:00〜22:30のみ営業
予算:30ユーロ〜
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