あのエリザベートの夫君フランツ・ヨーゼフ

宝塚ファンはじめ、日本でも人気があるオーストリア皇后エリザベート。漂泊の皇后といいますか、あちこち旅をした美しい人で、その悲劇的な最期がドラマチックなこともあり、ミュージカルにもなっています。ところが、エリザベートの夫君であるフランツ・ヨーゼフ帝は、それほど日本では知られていません。ミュージカルの端役のような存在です。オーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフは名君として知られ、存命中は、圧倒的にエリザベートよりも人気があったようです。エリザベートが暗殺されたときも、オーストリア国民は、首都ウィーンにほとんどいなかったエリザベートが可哀想ではなく、エリザベートを亡くして悲しんでおられる皇帝陛下、おいたわしや、という感じだったようです。

2016年世界のイベント〜オーストリア皇帝、フランツ・ヨーゼフ没後100年〜 2016年世界のイベント〜オーストリア皇帝、フランツ・ヨーゼフ没後100年〜

シェーンブルン宮殿では特別展示が

ところで、2016年はオーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフの没後100年です。100回忌とでもいいましょうか、ウィーンではイベントもあるようです。たとえば、シェーンブルン宮殿では、フランツ・ヨーゼフの特別展を開催する予定とのことです。シェーンブルン宮殿は、世界遺産にも登録されている美しい宮殿で、実際にフランツ・ヨーゼフが執務をした部屋も残っています。普段から見どころいっぱいな宮殿ですが、2016年はさらに特別展示がありますので、見逃せませんね。

ドラマチックな人生をおくった皇帝

フランツ・ヨーゼフは、1916年に86歳で亡くなっていますので、当時としてはずいぶんご長寿な方でした。そのぶん、身近な人々の死に目にもあってきたわけで、ずいぶん辛い人生だったのでは、と私などは考えてしまうわけです。愛妻エリザベートの死は、辛いものだったでしょうし、そればかりではなく、息子の皇太子ルドルフは心中してしまいました。この心中事件は『うたかたの恋』という映画になっています。さらに、ルドルフの後に皇太子となった甥のフランツ・フェルディナンドはサラエボで暗殺されてしまいます。それが1914年のこと。第一次世界大戦のきっかけとなった事件でした。フランツ・ヨーゼフは亡くなる前に甥の死まで知ることになりました。なんという人生でしょうか。亡くなってから、はや100年。オーストリアの名君フランツ・ヨーゼフ帝に会いに、ぜひウィーンへ行きましょう。