ブリューゲルがパヨッテンランドの農民を描き続けた理由

「2019年はブリューゲル没後450年(1)〜名画の世界を再現したベルギー・ボクレイク野外博物館へ」からの続きです。今回はブリューゲルがこよなく愛し作品に描き続けたフランダースの原風景「ブリューゲル街道」。ブリュッセルから車で南西へ約20分、緑豊かな田園風景が広がるパヨッテンランドに到着します。画家ピーテル・ブリューゲルは16世紀半ば、当時、世界経済の中心地だったアントワープからブリュッセルに移住し、この村を歩き訪ねてそこに暮らす農民の日常を描き続けました。友人とともに市場に出かけ、村のお祭りや宴に参加するうちに、農民たちの勤勉さや実直さ、素朴さに魅了され、愛をもって農民を忠実に描きました。貧しくても明るく遊び心を忘れないたくましい生き方に共感していったのです。

1250年築のシント・アナ・ペーデ教会は『盲人の寓話』内に描かれています 1250年築のシント・アナ・ペーデ教会は『盲人の寓話』内に描かれています

7キロのウォーキングルートに11の作品の舞台が見られます

ブリューゲル街道とは、ブリューゲルが作品に描いた教会や建物、風景を楽しめる全45キロのルートで、その場所ではないかと想定されるスポットに複製絵画を展示しています。パヨッテンランドのディルベークには約7キロの散歩道が用意されており、そのスタート地点としておすすめなのがシント・アナ・ペーデ教会です。この教会は『盲人の寓話』で描かれますが、これは新約聖書マタイ伝に出てくる逸話を描いたもので「真の信仰は正しき導き手によってのみもたらされる」という教えが込められています。ガイドによると、聖書では盲人が2名しか出てきませんが、ブリューゲルは6名を描きそれぞれに違う目の病気を描き分けています。知人の医師から話を聞き描いたともいわれていて、画家としては高い教養を持っていたと考えられています。

確かに絵の中によく似た教会がありました。6名の盲人が小川に向かって歩いていて、先頭の盲人が溝に転げ落ちるところを描いています。 確かに絵の中によく似た教会がありました。6名の盲人が小川に向かって歩いていて、先頭の盲人が溝に転げ落ちるところを描いています。

名画の舞台の水車小屋やヴィロン城

『絞首台の上のカササギ』の舞台と想定されているのは、シント・ヘルトルディス・ペーデの水車小屋です。複製を見ると、作品右下に小さくではありますが確かに水車がありました! 絵画そのものは実際の場所からの眺めではなく、ブリューゲルはさまざまな風景を組み合わせて描かれています。この水車の裏には小川や池もあり、ブリューゲルが遊びに来ていた頃の景色とそれほど変わらないのでは、というような長閑な眺めです。もうひとつのスポットは、息子のピーテル2世が工房でもっとも多くコピーを量産した人気作品『鳥罠のある冬景色』のヴィロン城。現在、ディルベークの市庁舎となっている場所で、市庁舎の建物を背にして池を見ると右側に中洲があり、この作品の構図によく似ています。ブリューゲルの目線をイメージしながら、ここで池でスケートをする16世紀の人々をイメージしてみてください。

ここには14世紀(1392年)から水車小屋があり、現在の水車は18世紀に再建されたものです。内部の見学は団体予約のみ、一般は外観見学となります ここには14世紀(1392年)から水車小屋があり、現在の水車は18世紀に再建されたものです。内部の見学は団体予約のみ、一般は外観見学となります

ガースベーク城の庭からの眺めを描いた『穀物の収穫』

パヨッテンランドは緩やかな丘陵地が続いており、ガースベーク城は小高い丘にあります。ブリューゲルはこの城の庭園からの眺めを『穀物の収穫』に描いたといわれています。この絵はブリューゲルの「月歴画」シリーズでも傑作品。盛夏の麦刈り風景と木陰で休む農民たちの姿が描かれ、今でも収穫期には同じような光景が見られるそうです。ガースベーク城は13世紀に領主ブラバント公の城として建てられ、19世紀からは女性の城主マリー・ペイラが住み、彼女が集めた15〜16世紀の美術品やアンティーク家具、タペストリーなどが展示されています。2019年4月7日から7月28日までは、ブリューゲルに影響を受けた現代アーティスト達の「愚の饗宴:ブリューゲル再発見」の企画展が開催されます。「2019年はブリューゲル没後450年(3)」に続きます。
協力:ベルギー・フランダース政府観光局 www.hollandflanders.jp
   ガースベーク城 www.kasteelvangaasbeek.be

実にフランダース地方らしい牧歌的な景色が広がるガースベーク城庭園からの眺め 実にフランダース地方らしい牧歌的な景色が広がるガースベーク城庭園からの眺め