内戦で破壊された町、サラエボ

2015年の夏、サラエボに行ってきました。ボスニア・ヘルツェゴビナの首都です。冬季オリンピックが開催された事で知っている人もいるでしょうか。1990年代、ここで悲惨な内戦があり、何年にも渡る包囲でその犠牲者は1万人を超えました。内戦が終わって20年ほどが経ち、今では治安の面では問題はありませんが、復興はいまだ遅れているようです。今回、トルコのイスタンブールから、空路サラエボを目指しました。日本人はまだまだ訪れる人は少ないようですが、町の雰囲気はどうなっているのでしょう。

サラエボ空港のターミナル。1階にチェックインカウンターが並ぶ サラエボ空港のターミナル。1階にチェックインカウンターが並ぶ

サラエボ空港に到着。どうやって町に出る?

到着したサラエボ空港は、国際空港とは思えないほど小ぢんまりしていました。それでも到着ロビーには、観光案内所と両替所、ATM、カフェと旅行者に必要な施設はあります。まずはここで町の地図をもらい、町まで出る最低限の両替です。私はとりあえず100ユーロ分を、現地通貨のマルカに換えました。だいたい1ユーロが2マルカなので、日本円にすると1マルカが70円ぐらいでしょうか。レートは後で見た町なかの両替所と、それほど変わりませんでした。

タクシー代、ボラれている?

空港から町の中心部への交通ですが、タクシーの利用しか方法がありません。ガイドブックでは相場は16マルカとなっていましたが、3年ぐらい前の情報です。観光案内所で聞いても、料金はわからないとのこと。「もう上がっているだろう」とは思っていましたが、運転手に聞くと「30マルカ」と言います。いくら何でも2倍は高い! しかしかなり交渉しても、25マルカ以下には下がりませんでした。うーん、まだボラれているのかなあ。ちなみに12キロほどの距離です。空港は町の西郊外にありますが、行き先の旧市街は新市街を通り抜けた町の東端にあります。そのためホテルへ行くのに、サラエボ市街を西から東へほぼ横断することになりました。

タクシーの車窓から見た市内の様子は…

タクシーが走る大通りは、「スナイパー通り」と呼ばれる通りです。これは内戦時に、通りを動くものが狙撃兵に狙われたことから付けられたという、物騒な名前です。この通りに平行して、トラム(路面電車)が走っていました。新しい車両もありますが、なかにはボロと言ってもいいほどの、古いものもあります。市街の中心部に入ると、古いビルの中には内戦から20年たった今も、まだ銃弾や砲撃の穴が空いたままのものもありました。(その2につづく)