意外? 観光客が多い旧市街

「サラエボ観光ガイド」その2からの続きです。さて、旧市街が「オスマン朝時代に造られた」といっても、イスラム一色ではありません。キリスト教なら、セルビア正教会のほかにカソリック教会もあります。また、ユダヤ人のシナゴーグだった博物館などもあり、さまざまな宗教がここで共存していた事がわかります。歩いていて、意外に?観光客が多いのも驚きでした。確かに日本人観光客は少なかったですが、他の欧州諸国やトルコ人の観光客はかなりいますし、中国人の団体も何度も見かけました。そのため旧市街は土産物屋がずらりと並び、観光客向けのレストランやカフェの数も多いといっていいでしょう。両替所やATMもある上、このエリアならたいていのところでユーロで受け取ってくれるので、買い物も問題ありません。

サラエボの旧市街の様子。石畳の道に、木造の低い家が並んでいるのが特徴だ。 サラエボの旧市街の様子。石畳の道に、木造の低い家が並んでいるのが特徴だ。

旧市街の外はすぐ新市街

旧市街の中心は、「セビリ」と呼ばれる水飲み場のある広場。広場の北側にタクシー乗り場があるので、空港やバスターミナルへ行くときは、ここへ(旧市街の中には車は入って来られません)。近くには観光案内所もあるので、観光前にそこで地図をもらうといいでしょう。とくに観光名所に入場しなくても、トルコ風の木造とレンガの家屋の町並みは、そこを歩いているだけで楽しくなってきます。とはいえ、中心の広場から西へ5分も歩けばそうした街並みは終わり、カソリック大聖堂の前あたりからはふつうのヨーロッパ風の新市街へと変わっていきます。旧市街から鉄道駅やバスターミナルへは少し離れているので(約2.5キロ)、荷物がなければトラムで、荷物があればタクシーで移動しましょう。私の場合は、上記のタクシー乗り場から7マルカ(約500円)で行けました。

歴史上有名な事件が起きた場所

サラエボの見どころをいくつか紹介しましょう。一番有名なのが、1914年にオーストリア皇太子夫妻が暗殺された現場の「ラテン橋」でしょう。教科書的には、この事件が引き金となって第一次世界大戦が始まりました。このラテン橋とそれについて展示したサラエボ博物館については、たびナレ記事の「第一次世界大戦はここから始まった。「サラエボ事件」の歴史の舞台へ」に詳しく書いたので、良ければそちらをご覧ください。橋自体はオスマン朝時代に建てられたものです。

オスマン朝時代の見どころ

旧市街にはほかにオスマン時代の見どころとして「ブルサ・ベジスタン」と「ガジ・フスレヴ・ベイ・モスク」があります。前者は16世紀に建てられた絹取引所の建物で、現在は歴史博物館として公開されています。展示物はそれほど充実していませんが、サラエボの町の模型は見応えがあるでしょう。後者のモスクは、16世紀に建てられた時のオスマン朝ボスニア総督の名を冠したもので、向かいには付属のマドラサ(イスラム神学校)があります。(その4につづく)