市民のライフラインとなったトンネル

「サラエボのトンネル博物館」その1からの続きです。サラエボがセルビア人勢力に包囲される中、市内へ密かに物資を運ぶため、トンネルが掘られます。これが「サラエボ・トンネル」です。町の外から、生活必需品や武器、医療品を運び、町の人を脱出させるためのものです。急ピッチで掘られため、完成したのは4ヵ月後の1993年の中ごろ。空港の滑走路のすぐ外側から、滑走路の地下を通り、市内まで続く通路です。ここにトンネルが造られた理由は、空港は国連が押えていたため、セルビア人勢力が攻撃できなかったためでした。

トンネルを見学する前に、当時のドキュメンタリー映像で予習 トンネルを見学する前に、当時のドキュメンタリー映像で予習

観光案内所でツアーを申し込む

このトンネルの一部が、現在、「トンネル博物館」として公開されています。ただ、町外れにあるため、公共交通機関で行くにはトラムとバスを乗り継ぎ、さらに10分ほど歩かなくてはなりません。またはタクシーを利用するか、旅行会社のツアーを利用することになります。私は、サラエボに着いた日に旧市街の観光案内所に行くと、午後からあるトンネルツアーに誘われ、その場で申し込みました。自力で行くには、時間の余裕がなかったので。ツアー料金はひとり20マルカ(約1400円)で、入館料は含まれません。午後2時に観光案内所に7、8人集まり、乗用車に分乗して出発しました。

空港の向こうにあるトンネル入口へ

車は町のメインストリートである「スナイパー通り」を走り、空港を越して滑走路沿いに左折。何の変哲もなさそうな民家の前の駐車場に停まりました。入館料は10マルカ(約700円)です。まず、ビデオルームに案内され、そこで20分ほどのサラエボ・トンネルのドキュメンタリーを見ます。サラエボ包囲からトンネルが掘られる様子、そしてこのトンネルがある民家が銃撃を受けたりする当時の映像です。しかしよくぞ、こんなトンネルを短期間で造ったものです。荷物を運びやすいように床の部分にレールを敷き、トロッコで物を運んでいました。それでも、浸水して水でびちゃびちゃになってしまうこともあります。また、このトンネルの入口である民家が攻撃されることもありました。上映がすむと、ガイドがやってきてこれからいよいよ博物館の中に入ります。(その3につづく)