観光客でにぎわう世界遺産都市ドブロブニク

この夏(2015年8月)、アドリア海随一の観光地、ドブロブニクに行ってきました。宮崎駿作品に登場する都市のモデルにもなったという、レンガ色の屋根が印象的な港湾都市で、旧市街は世界遺産にも登録されています。8月のオンシーズンということもあり、城壁内の旧市街はとにかく観光客でいっぱい。こんなに人気が高いのかと驚くほどでした。さて、今ではそんな大観光地のドブロブニクですが、1991〜92年には戦時下にあり、この旧市街も砲撃を受けて死者が出るほどだったことは、あまり知られていません。

博物館内では、随時こんな映像が上映されている 博物館内では、随時こんな映像が上映されている

クロアチア独立の際に、ドブロブニクも戦場に

現在の旧市街を歩いているだけだと気がつかないので、旧市街を見下ろすスルジ山の上にある「独立戦争展示館」をぜひ訪れてみてください。私のように、きっとこの町を見る目が少し変わるはずです。1991年から1995年まで続いた「クロアチア紛争」は、先に独立したスロベニアに続いて旧ユーゴスラビアから独立しようとしたクロアチアと、それを阻止しようとするセルビア・モンテネグロ軍による戦争でした。のちにモンテネグロも独立しますが、当時の政権はセルビア人勢力が握っていたのです。実際、ドブロブニクにはセルビア人はあまり住んでいませんでしたが、歴史的にはモンテネグロの一部として主張し、セルビア・モンテネグロ軍はこの町を7か月に渡って包囲、攻撃しました。これが「ドブロブニク包囲」です。

スルジ山頂にある、戦争博物館は必見

この独立戦争展示館に入ったら、まず上映されているビデオ映像を見てみましょう。紛争当時にテレビ局が撮影したものですが、レポーターの後ろで砲弾が城壁に当たったり、壊れた民家が映し出されたりと、インパクトが強いものです。光の筋がのびて町に着弾する夜の砲撃も、「これがこっちに向かって来たら」と思うと怖くなります。旧市街で先ほど見て来たばかりの建物が破壊されていく映像には、妙な非現実感を覚えます。この展示館には、当時の武器や軍服なども展示されています。

今ではすっかり消えた、紛争の跡

このドブロブニク包囲では、一般人も含め114人が亡くなったといいます(wiki出典)。旧市街も「危機にさらされている世界遺産」のリストに上げられるほど被害は大きいものでしたが、その後復興が進み、1994年にはそれも解除されました。今では街を歩いていても、紛争の名残を感じることはありません。しかし、そうしたことが過去にあったことを知るのと知らないとでは、この町の観光は大きく変わることだと思います。ドブロブニク訪問の際には、少しそのことを思い出してみてください。