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海外現地発ガイド通信

遺伝の法則が生まれたモラヴィアの古都ブルノ


掲載日:2021/01/19 テーマ:観光地・名所 行き先: チェコ / ブルノ

タグ: ためになる 博物館 歴史


ブルノで学んだメンデルが遺伝の法則を突き止める

メンデル広場に面したかつてのブルノ修道院、現在はマサリク大学の建物 メンデル広場に面したかつてのブルノ修道院、現在はマサリク大学の建物

A型とB型の両親の血液型が子供にどう受け継がれていくかなど、遺伝の法則を生物の授業で習った記憶があるだろう。優性・劣性の形質をもつものの割合が3対1に分離して現れるという分離の法則は、一般に「メンデルの法則」と呼ばれている。これを発見したのは研究が本職の学者ではなく、メンデルという修道院の司祭だったとは意外だ。もともと修道院は、まだ大学が無かった頃は学問研究の場でもあり、それはメンデルの時代19世紀でも変わらなかった。メンデルは司祭として働きながら植物学の研究を行っていたのだ。グレゴール・ヨハン・メンデルは1822年に当時のオーストリア帝国(現在のチェコ)で生まれ、ブリュン(現在チェコのブルノ)やウィーンなどで学んでいたが1847年に修道院の司祭になった。この頃から自然科学に興味を持ちはじめる。

修道院の庭にエンドウ豆を植え、何年もかけて研究する

庭で石像となって立っているメンデルは、「やがて自分の時代が来る」と確信しているように遠くを見つめている。 庭で石像となって立っているメンデルは、「やがて自分の時代が来る」と確信しているように遠くを見つめている。

メンデルが過ごした修道院はブルノの旧市街の外、町の西南にある。大通りに面した正門から入ると、直ぐに建物でコの字型に囲まれた広い庭がある。ここでメンデルはエンドウ豆を育てていたが、その畑はもう存在しない。修道院は現在ブルノのマサリク大学に所属し、大学の講義や一般向け講演会などが行われている。建物の一部がメンデル博物館になって一般公開されている。彼は遺伝の法則だけでなく気象学や養蜂にも興味があり、それらの研究が部屋ごとに紹介されている。メンデルはエンドウ豆を修道院の庭に植え、1853年から1868年まで交配種の実験を重ねた。その結果として得られた遺伝の法則を1866年に論文で発表したが、全く世に受け入れられなかった。彼は不遇の時も神に感謝し、自分の説を信じていた。メンデルは1884年に世を去るが、彼の法則が認められたのは1900年のことだった。

14世紀、カール四世によって大いに発展したブルノ

ブルノの中心にある自由広場Namesti Svobody ブルノの中心にある自由広場Namesti Svobody

ブルノはプラハに次いでチェコ第2の都市。旧市街に面して鉄道駅があり、観光に便利な町だ。14世紀、神聖ローマ皇帝カール四世(チェコ王カレル一世)がモラビア辺境伯として13年間ブルノに滞在していた。この間にブルノは急速に発展した。西からの通商路がブルノを通過して北のポーランドへ、東のハンガリーへ、そして南のウィーンへ続いていくように建設され、町は大いに潤った。旧市街には2つの大きな広場があり、それぞれに市が立って賑わっている。旧市街のど真ん中にある自由広場では野菜や果物の市が、中心より少し南寄りの緑の広場では花の市が開かれる。カール四世は旧市街の直ぐ西にある丘シュピルベルクの城に住んでいた。13世紀にプシェミスル家オタカル二世によって建設された城で、カール四世がゴシック様式に変えた。その後、巨大な要塞に発展していったが現在は市民の憩いの公園になり、城内も見学できる(新型コロナの影響により休館中)。

ヤナーチェク劇場と呼ばれていたオペラハウス

外観はネオクラシック様式で建てられた白亜のマーヘン劇場 外観はネオクラシック様式で建てられた白亜のマーヘン劇場

ところでブルノと言えばクラシック音楽ファンにはレオシュ・ヤナーチェク(1854〜1928)の町として馴染み深いであろう。ヤナーチェクはポーランドに近いチェコ東北のオストラヴァ近郊フクヴァルディHukvaldyという小さな村で生まれたが、人生の殆どをブルノで過ごしている。音楽教師だった父親から才能を認められ、11歳からブルノで音楽を学ぶ。それ以来、ずっとブルノで活躍し続けた。ドボジャークやスメタナのスラヴ音楽が西ヨーロッパ的とされるのに対し、ヤナーチェクはモラヴィアの民族音楽を取り入れて独自の旋律を生み出した。1882年にオペラハウスが建設され、ドイツ劇場と呼ばれていたが第一次世界大戦後からヤナーチェク劇場と呼ばれるようになった。ところが市壁跡の緑地帯に1965年、近代的なヤナーチェク劇場Janackovo divadloが完成して以来、ブルノ出身の演劇家の名前をとってマーヘン劇場Mahenovo divadloに改名された。小ぢんまりとしているが絢爛豪華な内装なので機会があれば劇場見学を兼ねてバレエかオペラを鑑賞したい。

データ

旧市街西側、丘の上に聳える巨大な要塞シュピルベルク 旧市街西側、丘の上に聳える巨大な要塞シュピルベルク

メンデル博物館
Masarykova univerzita Mendelovo museum

住所:Mendlovo nam. 1, 60300 Burno
電話:+402 549 496 669
営業時間:4月から10月は10:00〜18:00
     11月から3月は10:00〜17:00
休館日:月曜
入館料:60チェコ・コルナ

 

※記事は掲載日時点での情報であり変更されている可能性もあります。ご了承下さい。(掲載日:2021/01/19)
※旅行前には必ず、外務省の海外安全ホームページで訪問地の安全情報についてご確認ください。
※この記事はガイドレポーターの取材によって提供された主観に基づくものであり、記事は取材時時点の情報です。
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