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チェコの人気温泉保養地カルロヴィ・ヴァリ。その歴史とアクセスを紹介


掲載日:2020/11/20 テーマ:観光地・名所 行き先: チェコ / カルロビバリ

タグ: たのしい リゾート 一度は行きたい 映画 健康にいい 癒し 歴史


チェコ北西部にある温泉保養地

カルロヴィ・ヴァリの街並み カルロヴィ・ヴァリの街並み

中欧の小国チェコ。その北西部に温泉保養地として名高いカルロヴィ・ヴァリがあります。ドイツ国境にも近く、かつてはドイツ系住民が多い場所でした。現在はヨーロッパきっての温泉保養地として内外の観光客を集め、セレブもお忍びで訪れるところ。カンヌやベルリンほど有名ではありませんが、映画通には「カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭」が開かれることでも知られています。今回はそのカルロヴィ・ヴァリの歴史とそこへのアクセスを紹介します。

町の名前の由来は?

伝承では、14世紀にこの地を訪れた神聖ローマ皇帝カール1世(ボヘミア王としてはカレル4世)が、シカ狩りの最中に偶然にこの温泉を発見したといいます。そのため町の名前もカールの名にちなみ、ドイツ語で「カールスバート」と名付けられましたドイツ語の「バート(bad)」は英語の「bath(風呂、入浴)」という意味なので、「カール温泉」というぐらいの名なのでしょう。「カルロヴィ・ヴァリ」はそのチェコ語名です。温泉は低い谷間を抜けるテプラー川沿いに1.5kmほどに渡ってあり、市街はそれがオフジェ川に合流するあたりがにぎやかになっています。

19世紀に温泉地として発展

温泉地として発展を遂げたのは、ハプスブルク家の支配下にあった18世紀以降。1819年には、オーストリアの宰相メッテルニヒが自由主義者に対抗するために、ドイツを構成する10カ国の代表を集めて行った「カールスバート決議」がここで行われました。当時、この地に保養にやってくるのは王侯貴族が中心でしたが、ゲーテやシラー、ベートーヴェンなども訪れました。19世紀になり鉄道が開通すると、一般人もウィーンなどからやってくるようになり、町は栄えます。観光客向けに飲泉用のカップが作られ、陶磁器製造やガラス工業も盛んになります。とくに町の郊外で造られているボヘミアン・ガラスは有名になり、各国の宮廷でも使われるようになりました。

第二次世界大戦後、住民が入れ替わり再スタート

国際映画祭の開催地としても知られている 国際映画祭の開催地としても知られている

第一次世界大戦後、チェコがオーストリアから独立すると、ウィーンの宮廷や富裕層の湯治客は減っていきます。また、第二次世界大戦までは町の住民の多くはドイツ系でしたが、戦後のドイツ人追放によりその大半がチェコ人に入れ替わりました。共産主義政権下では、温泉保養地として復興するために1946年からカルロヴィ・ヴァリ国際映画祭が開かれるようになりました。当初の参加国は社会主義国が中心で、受賞作も固い映画が多かったのですが、チェコが民主化すると『アメリ』のような娯楽作品もグランプリを獲るようになりました。

カルロヴィ・ヴァリへのアクセス

プラハからは日中は20〜30分おきでバスが出ており、所要約2時間15分。鉄道はルートがやや迂回するので、所要3時間15分。カルロヴィ・ヴァリの鉄道駅と長距離バスターミナルは、町の北側のオフジェ川沿いに隣接して並んでいます。バスでプラハから来ると鉄道駅が終点ですが、その400メートルほど手前の市内バスターミナルでほとんどの人は降りてしまいます。繁華街へ行くにはここで降りるといいでしょう。スーパーやレストランが並ぶ繁華街から温泉地は、1.5kmほど離れているので、ここで市内バスに乗り換えていくこともできます。それではプラハから足を延ばして行ってみてくださいね。

※この情報は2020年10月現在のものです。内容には変更があるかもしれないので、最新情報は該当のホームページなどでご確認ください

※記事は掲載日時点での情報であり変更されている可能性もあります。ご了承下さい。(掲載日:2020/11/20)

※旅行前には必ず、外務省の海外安全ホームページで訪問地の安全情報についてご確認ください。
※この記事はガイドレポーターの取材によって提供された主観に基づくものであり、記事は取材時時点の情報です。
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