- 岸 博美
- 東京在住。1995年に初めてプラハを訪れ、中世そのままの街に感動。以来、毎年のようにプラハへ旅をする。2000年にプラハ以外のチェコの町を巡り、さらに2007年にまだ知らぬ町を訪れてチェコの世界遺産やその他の観光都市を網羅する。2001年以来、雑誌やガイドブックにチェコの記事を書き続けている。
出発エリアをに変更しました。
ターボル旧市街の中心広場であるジシュカ広場
チェコの人々に、まるでDNAのように深く刻まれているのが過去の歴史であり、それはヤン・フスから始まっているように感じる。ローマ・カトリックを批判して宗教改革を唱えたフスは異端者とされて1415年にドイツのコンスタンツで火刑に処された。しかし彼の説は後にルターの思想へと結びついていく。ルターが1517年に「95箇条の論題」をヴィテンベルクの教会に提出して宗教改革を行うが、それより100年以上も前にヤン・フスは同じことを提唱していたのだ。フスの処刑後、熱狂的なフスの信者だったヤン・ジシュカは、迫害されたフスの信者の急進派たちを南ボヘミアの小山に集結させて軍事要塞都市を建設した。それがターボルTaborだった。旧約聖書の士師記第四章に戦いの山タボルが登場する。新約聖書福音書の「イエスの変容」の山はイスラエルのタボル山とされている。ボヘミアのターボルは、これらの聖書に因んで名付けられたものだった。
ジシュカ広場に立つヤン・ジシュカの銅像
プラハから南へ電車でターボルまでは1時間20分ほど。駅から旧市街は少し離れているが徒歩で20分ほどだ。左手の下方にルジュニツェ川が見えてくると、旧市街は近い。旧市街は標高400mほどの高台にあり、13世紀にプシェミスル家のオタカル二世が小さな城を建てている。1420年初頭、既に廃墟となっていた城山にフス派急進派が軍事拠点を建設した。その後フス派急進派はターボル派と呼ばれるようになり、彼らを指揮したのがヤン・ジシュカだった。彼は戦争の経験がない農民や一般庶民を集めて訓練し、強力な歩兵軍を結成した。農民用の武器を持ち、十分に訓練されて統率が取れた歩兵団は驚くほど強く、皇帝軍が派遣した軍は立ち向かえなかった。町の中心広場はジシュカ広場と呼ばれ、中央にヤン・ジシュカの銅像が立っている。戦いで失明した右目が布で隠され、手には農民の武器を握りしめている。
「荷車城砦」とも呼ばれ、農民の荷車を改造して戦闘用に造られたターボル派自慢の簡易砦
銅像の背後、広場の北側には「ターボルのキリスト変容教会Kostel Promeneni Pane na Tabor」という変わった名前の教会が建っているが、これは福音書に記述された「イエスの変容」に由来している。広場の西側にある旧市庁舎はフス派博物館で、ここを訪れるとターボル派の戦い方が良く判る。農民の武器とは、石製の尖った針が球になって棒の先に鎖でぶら下がっていたり、犂(スキ)や鍬(クワ)などの農具を改良して先端に鋭い刃を取り付けたものなど、原始的だが実際には効果がありそうなものばかり。当時の戦争とは統制の取れた戦い方が勝利の決め手だったのだろう。興味深いのはターボル派が考案した“戦車”だ。その複製が博物館に置かれている。一見、「これが?」と、どう見ても戦車には思えない木製の荷車。ところがいざとなると、この車を何台か組み立ててあっという間に砦を造り、敵の陣地に入り込んで中から戦った。火薬が発達していなかった時代にターボル戦車は無敵の強さを発揮した。
プラハのヴィトコフは、ジシュカに因んで「ジシュコフ」と地名が変更され、巨大なヤン・ジシュカの銅像が立っている(プラハのジシュコフ丘にて)
ターボル派が強かったもう一つの要素は、ターボルが計算されて建設された軍事都市であったから。ヨーロッパの中世都市では、碁盤の目のように整然と整備された都市が多い。碁盤とまではいかずとも、町を取り囲む市壁に設けられたいくつかの門からは、中心となる広場まで真っすぐの道が伸びている。ところがターボルの道は全てが途中で曲がっている。これは敵が入ってきても先が見えず戸惑うように造られているからだ。勝手を知っているターボル派は断然有利だった。今日では変えられてしまった道も多いが、当時のままの道も残されていて散策が面白い。ターボル派の戦いで最も有名なのがプラハのヴィトコフ丘の決戦だ。10万の皇帝軍に対してジシュカ率いる僅か8千の農民を中心とする兵士が立ち向かい、見事に勝利したのだ。偉大な戦士でありフスの信者だったジシュカは1424年、モラビア遠征中にペストにかかり病死する。信仰に生きた人々が結集した町ターボル。その名はチェコ人の心に深く刻まれ、歴史が語り継がれている。
フス派博物館で見られる、硬い岩盤の小山に築かれた軍事都市ターボルの模型
フス派博物館
Husitske Muzeum v Tabore
住所:Zizkovo Namesti 1, Tabor 39001
開館時間:火曜から日曜の09:00〜17:00
休館日:月曜
電話:+420 381 252 242
http://www.husitskemuzeum.cz/en/
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