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海外現地発ガイド通信

ヴァルトシュテイン将軍が残したマラー・ストラナの楽園


掲載日:2021/02/06 テーマ:城・宮殿 行き先: チェコ / プラハ

タグ: 街歩き 美しい 歴史


マラー・ストラナを独り占めにしたような大邸宅

池の中央、丸い島にはオランダの彫刻家アドリアーン・ドゥ・フリースの傑作であるヘラクレス像(コピー)があるが、オリジナルはスウェーデン軍に持ち去られ、現在はストックホルムのドロットニングホルム宮殿庭園に置かれている 池の中央、丸い島にはオランダの彫刻家アドリアーン・ドゥ・フリースの傑作であるヘラクレス像(コピー)があるが、オリジナルはスウェーデン軍に持ち去られ、現在はストックホルムのドロットニングホルム宮殿庭園に置かれている

プラハ城からマラー・ストラナを見下ろすと、眼下は一面赤い屋根。右手後方の、ペトジーン丘の緑が赤い屋根を一層際立たせている。城のすぐ下には大きな家ばかりが並ぶ。かつて貴族の館だったこれらは現在、公の建物や各国の大使館などに使われている。そんな中、一際目立つ巨大な館がある。4つの中庭を赤い屋根が取り囲み、北側の建物はL字型になって真っすぐ東へ続いている。更にそこからは南へ向かって赤い屋根付きの塀が伸びていく。驚くほど巨大な館、それはかつてヴァルトシュテイン将軍の宮殿だった。アルブレヒト・フォン・ヴァルトシュテイン。30年戦争でカトリック皇帝軍側に立ち、数々の勝利を収めた名将軍ヴァルトシュテインだったが、最後は皇帝フェルディナント二世によってヘプで暗殺されてしまった。ドイツの文豪フリードリヒ・シラーは彼を主人公に『ヴァレンシュタイン』という戯曲を書き上げている。

無名の小貴族から公爵にまで昇り詰めたヴァルトシュテイン

将軍は回廊テラスで美しい庭園を眺めながら食事をするのが好きだった。8体の銅像はヘラクレス像と同じく、30年戦争の戦利品としてスウェーデンに持ち去れ、現在あるのは全てコピー 将軍は回廊テラスで美しい庭園を眺めながら食事をするのが好きだった。8体の銅像はヘラクレス像と同じく、30年戦争の戦利品としてスウェーデンに持ち去れ、現在あるのは全てコピー

ボヘミアの小貴族の家に生まれたヴァルトシュテインは、戦力に炊けていたためハプスブルク家の兵士となって実力を伸ばしていった。26歳のとき裕福な年上の未亡人と結婚し、6年後に妻が死去したため莫大な遺産を受け継いだ。そのお金で彼は傭兵を雇い、鍛え上げて非常に強い独自の軍隊を結成する。皇帝フェルディナント二世の要請で自らの軍を派遣し、次々に勝利を収めて富を蓄えていった。1622年には北ボヘミアのフリートラント城を獲得し、公爵の称号も得ている。1620年の「白山の戦い」でハプスブルク皇帝軍が勝利し、プロテスタント市民はボヘミアから追放された。空き家が多くなったマラー・ストラナにはハプスブルク家に忠実な貴族やカトリック市民が移り住んだ。ヴァルトシュテインはマラー・ストラナにあった3つの庭園と26軒の民家を手に入れて解体する。そこにイタリアの建築家を呼び寄せて自らの宮殿を建設した。

市民の憩いの場、建物と塀で囲まれた美しいバロック庭園

宮殿内部の大ホール「騎士の間」は一般公開されており、またコンサートホールとしても使われている 宮殿内部の大ホール「騎士の間」は一般公開されており、またコンサートホールとしても使われている

1623年から大工事が始まり、7年の歳月をかけて完成したのがこの館である。大宮殿もさることながら、バロック庭園の素晴らしさには目を見張る。地下鉄マロストランスカー駅を降りると直ぐに北側入り口がある。最初に出会うのはヘラクレスの像(コピー)がある大きな池。館の上方にはプラハ城が聳えている。池の先に低い生垣の庭があり、季節が良い晴れた日には孔雀が放し飼いにされ、まるで楽園のようだ。そこを通り抜けると、突然美しいフランス庭園が目に飛び込んでくる。右手に宮殿の建物が、そして突き当りには大きな回廊風のテラスがある。テラスまでの道の両側に4体ずつ、合計8体のブロンズ像(コピー)が並んでいる。ギリシャ神話をモーチーフにしたアドリアーン・ドゥ・フリースの傑作だ。庭園の南端には鍾乳洞を模した壁が造られ、そのまま北側まで高い塀で庭園が取り囲まれている。壁の裏側はトラムが走るレテンスカー通り。途中に庭園の東側入り口が設けられている。

皇帝からも恐れられるほど力を持ち過ぎたのが暗殺の原因に

「騎士の間」の天井に描かれた戦いの神マルスに自分を見立てたことで皇帝や貴族たちの反感を買った 「騎士の間」の天井に描かれた戦いの神マルスに自分を見立てたことで皇帝や貴族たちの反感を買った

皇帝フェルディナント二世はヴァルトシュテイン将軍の実力を認め、彼を頼っていた。しかし対スウェーデン戦の勝利は取引によるものだったとの噂が流れ、皇帝の信頼が揺らぐ。またマラー・ストラナに、プラハ城を凌ぐかと思われる大邸宅を建設したことから皇帝は次第に彼の力を恐れるようになっていった。宮殿の大ホールにはフレスコ天井画があり、戦いの神マルスが描かれている。ところが顔はヴァルトシュテイン将軍なのだ。己をマルスに例えたことも皇帝や貴族たちの反感を買い、次は皇帝の座を狙うのでは、と囁かれた。こうした疑心暗鬼から皇帝はヘプに滞在していたヴァルトシュテイン将軍に刺客を送る。1634年2月25日、宴会の途中で一人部屋に戻って寝ていた所を刺客が襲った。この宮殿は1630年に完成した。暗殺されるまでの約3年間、滞在したのは12か月にも満たなかったという。将軍が好んだ回廊テラスが格別に美しく感じる。

データ

プラハ城から見下ろすマラー・ストラナの赤い屋根 プラハ城から見下ろすマラー・ストラナの赤い屋根

ヴァルトシュテイン宮殿
Valdstejnsky palac

住所:Valdstejnske nam. 4, 118 00 Mala Strana
電話:+420257075707
開館時間:庭園は10:00〜18:00
     宮殿内は土曜と日曜のみ入館可能
     4月、5月、10月は10:00〜17:00
     6月から9月は10:00〜16:00
入場は庭園も宮殿内も無料

 

※記事は掲載日時点での情報であり変更されている可能性もあります。ご了承下さい。(掲載日:2021/02/06)
※旅行前には必ず、外務省の海外安全ホームページで訪問地の安全情報についてご確認ください。
※この記事はガイドレポーターの取材によって提供された主観に基づくものであり、記事は取材時時点の情報です。
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