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海外現地発ガイド通信

エジプト現代史に深く関わる、アスワン・ハイダム


掲載日:2009/10/28 テーマ:観光地・名所 行き先: エジプト / アスワン

タグ: すごい! 歴史


アスワン・ハイダムのためにできたナセル湖

アスワン・ハイダムと青が鮮やかなナセル湖 アスワン・ハイダムと青が鮮やかなナセル湖

エジプトの遺跡の中でも最も有名で壮大なもののひとつである、「アブシンベル神殿」の前にひろがっているのは、琵琶湖の約8倍の大きさの全長500kmのナセル湖です。このナセル湖は、アスワン・ハイダムの建設により、ナイル川上流の水位が上がったことによって生まれた人造湖なのです。ダムが建設されると、アブシンベル神殿をはじめとする周辺の遺跡は水没することになってしまうため、ユネスコによる救済により、その場所を移動させたというのは有名な話です。

アスワン・ハイダムにエジプト現代史を見る

アスワンの象徴でもある、アスワン・ハイダムの記念塔です。 アスワンの象徴でもある、アスワン・ハイダムの記念塔です。

エジプトを横断するナイル川は、毎年夏に氾濫し、洪水が起こっていました。そのため流域に肥沃な土壌が作られるという恩恵があったのですが、年々の人口の増加により、洪水をコントロールする必要に迫られました。そのため、1901年アスワン・ダムが建設されました。しかしその規模が小さく、電力供給をまかなえなくなったために、1950年代に、さらに大規模なアスワン・ハイダムの建設計画が浮上しました。当時の大統領であるナセル大統領は、その財源確保のために、スエズ運河を国有化し通行料をとったため、フランス、英国、イスラエルの反感を招き、第2次中東戦争の発端になりました。最終的には、ソ連からの資金援助により建設が開始されました。

ダムによる影響

記念塔の壁の独特な壁画です。 記念塔の壁の独特な壁画です。

1960年代に建設は始まりましたが、水位上昇のための、前述の遺跡の移動の問題や、水没してしまう土地の住民9万人の移住が問題化しました。しかしついに1971年に全長3830m、高さ111mのダムは完成しました。ダムのおかげで、耕作可能な地域は30%以上増加し、またダムの貯水湖の水が蒸発して、以前は乾燥していた地域に雨が降るようになりました。そして水力発電によりエジプトの電力供給量は2倍になったのです。ダム建設に伴い、環境破壊などの様々な問題も起こりましたが、ナセル湖から供給される水は、農業用水を安定させ、砂漠の緑化も行われています。そんなエジプト事情も知って改めて観光すると感慨深いものがあります。また、ダム見学所から見るナセル湖の景色も美しく、記念撮影する人が絶えません。

完成を記念して建てられた、記念塔を見学しよう

記念塔の中から上を見上げたところです。 記念塔の中から上を見上げたところです。

アスワン・ハイダムの完成を記念して記念塔が建てられました。アスワン・ハイダムの見学所から少し離れていますが、その記念塔も訪れてみてください。先頭がとがった細長い5つの柱を輪でつなげたような、現代的な形をしています。内側の壁には、ファラオ時代の壁画をモチーフに、水をイメージしたようなデザインや、ナセル大統領の顔が彫られています。古代のファラオニックな遺跡とはまた違った、現代のエジプトに触れることのできる観光名所のひとつとなっています。

【関連情報】

アスワン・ハイダムにあった、ダム構造の説明図 アスワン・ハイダムにあった、ダム構造の説明図

■アスワン・ハイダム
アスワン中心部にある電話局から車で約20分
入場料:10E£(約200円)
入場時間:6:00〜17:00
ダムが破壊したら大水害が起こるので、警備が厳しいです。
そのため、ビデオ撮影は禁止されています。

 

※記事は掲載日時点での情報であり変更されている可能性もあります。ご了承下さい。(掲載日:2009/10/28)
※旅行前には必ず、外務省の海外安全ホームページで訪問地の安全情報についてご確認ください。
※この記事はガイドレポーターの取材によって提供された主観に基づくものであり、記事は取材時時点の情報です。
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