サッカーラにある他のピラミッド

「知っておきたいエジプトのピラミッドの歴史」その1からの続きです。さてサッカーラにあるジェセル王の階段ピラミッドの隣にあり、崩れかかっているように見えるのが高さ43mの小さな「ウナス王のピラミッド」です。これは古王国時代に造られたピラミッドとしては最小のものとか。ウナス王は時代も下り第5王朝の王(前2375〜前2345年ごろ)です。ただし、内部からヒエログリフ(神聖文字)で書かれたピラミッドテキストが発見されたことで重要です。その300m先には「セケムケト王の未完成ピラミッド」(第3王朝)があります。他にもサッカーラ村にかけて周辺には「ジェドカラー王のピラミッド」(第4王朝)、「ペピ1世のピラミッド」(第6王朝)などいくつかピラミッドがありますが保存状態が良くなく、崩壊が進んでいるので車窓から眺めるぐらいでいいでしょう。

これはサッカーラではなく、ギザにあるクフ王とメンカウラー王のピラミッド これはサッカーラではなく、ギザにあるクフ王とメンカウラー王のピラミッド

サッカーラへのアクセス

サッカーラへですがアクセスがあまり良くないので、タクシーをチャーターしていくかツアーで行くのが一般的です。ギザからの公共バスもありますが、「ピラミッド入口」からチケット売り場までは2kmほど歩きます。また、敷地内は広いので、ラクダやロバ、馬車などで回ることもできます。

王朝が交替し、ピラミッド建設が再開

第3王朝(前2686年〜前2613年)では、ジェセル王の後継者のセケムケト王の後はピラミッド造りが中断します(もしくは現存していない)。しかしその後の第4王朝(前2613年〜前2498年)に入るとギザの三大ピラミッドなど、再びピラミッド造りが始まります。これは一度衰えた王権が回復し、国家の力が高まったことを指します。大型ピラミッドを造るには労力だけでなく、それを管理する行政機能、国家の財力、そして高度な技術が必要で、国が不安定な状態では不可能だからです。

途中で設計が変更されたスネフェル王の「屈折ピラミッド」

第4王朝初代の王であるスネフェル王(在前2613〜前2589年)は、第3王朝の階段型のピラミッドではなく、直線のラインを持った方錐形のピラミッド建設を目指しました。方錐の理想の傾斜角を目指し、3つのピラミッドを建築します。最初がダフシュールにある「屈折ピラミッド」と呼ばれているもので、高さは105mと当時としては最も高い建物でした。名前の由来は、中間あたりの高さで、傾斜角が下部の約54度から上部の約43度と変わる姿をしているからです。建設途中でそのままの急な角度だと重さを支えられなくなることがわかり、設計を変更したとみられています。(その3につづく)