急に上りがキツくなる

上り始めて1時間。茶屋で20分ほど休憩し、再び出発です。この茶屋を過ぎると、急に上りがキツくなってきました。「休憩しておいて良かった」と後から思ったものです。呼吸が荒くなり、気温は低いのですが着ているTシャツはすでに汗でぐっしょりです。そのうち東の空が明るくなり始めました。時間は4時半過ぎ。私が上ったのが6月22日とほぼ夏至だったので日の出は一年のうちでももっとも早い頃だったのでしょう。見上げると、星はだんだん見えなくなり、代わりに人工衛星がツーっと通り過ぎて行くのが見えました。次第に上りがキツくなってきて、10分上っては3分休んでというペースになり、その間隔がやがて5分、3分と縮まってきました。

モーゼが十戒を神から授かったシナイ山で、ご来光を見る(後編) モーゼが十戒を神から授かったシナイ山で、ご来光を見る(後編)

空がどんどん明るくなるが…

途中で脱落して、歩けなくなっている人もけっこういます。このころになると、登山道はもうかなりの人が接近して歩いているようになりました。気がつくと、もう懐中電灯は必要ないほど、周囲は明るくなっています。と、唐突に頂上に出ました。大きな岩の上に人々が連なって日の出を待っているので、私もそこに加わりました。東の空はもうかなり明るくなっていましたが、なかなか太陽は顔を出しません。旅先で日の出を見るのは何回もありましたが、ここからがいつも長く感じるものです。

ついに太陽が顔を出す

寒さと眠気と戦いながら待ちました。5時を過ぎると風が強くなり、汗でぐっしょりの下着のTシャツが急速に冷えていきます。岩の上はガヤガヤしていて、厳粛な雰囲気はありません。少し眠気でウトウトし始めたころ、歓声が上がりました。ひとすじの光が雲の切れ目に顔を出しました。予想していたところとは別な場所でした。そのすじはまたたく間に帯になり、そして半円になり、太陽が顔を出しました。世界に光が満ち、周囲の荒涼とした景色がよく見え始めました。それは緑がない、ゴツゴツした岩だらけの“死の世界”でした。

シナイ山登山は100才の老人には無理?

下りは足が痛んで、降りるのがとても辛かったのを覚えています。明るくなってようやく「こんな道を上ってきたんだ」と登山道の全貌がわかりました。もっとも土と岩と砂だけの景色で変化はなく、見えていてもそんなには面白くはなかったかもしれません。歩きながら私は、頂上で隣の西欧人が友人と話していたことを思い出しました。「モーゼの十戒の話、オレはあれは作り話だとわかったよ。だって100歳の老人が、こんな山を登れるわけないじゃないか!」。本当に私もこの登山は辛いものでした。しかしモーゼが40日間かかったことを、現代人は4時間ですませてしまうことをお忘れなく。