過疎化に悩む日本の地方問題のヒントに?

日本では地方の過疎化が進んでおり、村自体の存続があやぶまれるという問題が深刻ですね。しかし、北ヨーロッパのバルト三国のひとつ、エストニアでは都会からの若者移住者が増える傾向にある地域があります。それは、エストニア南東部のロシア国境沿いにある「セト地方」です(セトについては「エストニアのセト地方/美味しいごちそうスープと無形文化遺産『多声歌唱』(前編・後編)」をご覧ください)。セト地方は、エストニアでも先住少数民族が多く住むエリアのひとつと言われています。もともとひとつの地域だったエリアがロシアとエストニアに分断されて以降、セトの人々は団結し、祖先が守り続けてきた風習や文化をしっかり存続させたいという気持ちがさらに強まったといいます。

タリンからセトへ移住してきたセト観光局のエリンさん タリンからセトへ移住してきたセト観光局のエリンさん

子どもたちを村の祭事に積極的に参加させるセトの大人たち

筆者は、2017年6月にセト地方のいくつかの村を訪ねました。大きな町や村には必ずといっていいほど博物館があって、小さいけれど見応えのあるものばかりでした。自分たちの暮らしや民俗・文化を国内外のいろんな人に知ってもらう目的と、土地の歴史を再確認するとともに子孫にもしっかり伝えていかなくては、という思いもあるのだろうと感じました。他の町から嫁いできたというセトのツアーガイドさんに話を伺うと「セトでは、子どもたちを、祭りやイベント、大人が開くパーティにもどんどん一緒に参加させて、子どもの頃から伝統や文化に触れさせます」ということでした。日本では、何かの集まりでも、大人と子どもは別行動という事も多いので意外でした。

セトでは家の前に「歌のおばさん」の像を置くと良いことがある、という言い伝えもあります セトでは家の前に「歌のおばさん」の像を置くと良いことがある、という言い伝えもあります

セト出身の親戚がいることを誇りに思うエストニア人

エストニアの首都タリンから、このセト地方までは車で3〜4時間の距離です。他国と同様、高校を卒業すると、就職や進学でセトを離れる若者も多いといいます。しかし、一度外に出てもここに戻ってくる若者が多いそうです。エストニアでは、このところ、セト地域の人気が大変高まっていて、南エストニアの文化に憧れて移り住む若者が増えているそうなのです。その理由のひとつとして、この地の独自性や伝統工芸に惹かれて移住してきたアーティストやミュージシャンが多いということも挙げられます。セトの人たちのいいところは、ただ移住者のすべてを受け入れるのではなく、移り住んできた人がきちんと地元に溶け込むように努力をしているか、祭事に参加しているか、などをチェックしているところです。

タリンの若者たち タリンの若者たち

地元の人も楽しめる観光スポットを作るのも、人口流失を防ぐ策

博物館ばかりではなく、観光スポットも増えています。セトのオビニッツァ村から車で約15分のところには「ピウサの洞窟」があります。ここは20世紀前半、ガラス製造のための砂を採掘した跡で、現在はその洞窟内を見学できます。さらに洞窟の外は広々とした砂山になっていて、周りの松林を見晴らせる人気スポット。ここを見学した日、地元の人がピクニックを楽しんでいました。その隣には陶器工房、もう少し東へ足を伸ばすとハンドメイドの石鹸工房&ショップがあります。この石鹸工房の小高い庭から見る風景は360度の絶景! 美しく手入れされた芝、遠くには白樺や赤松の森がこんもりと広がり、遠くから川のせせらぎが響きます。この風景を見ているだけで、筆者もセトに住みたくなりました。最後にもうひとつ。セトの人はとにかく明るくて元気なのだそうです。セト地方に過疎化が進まず、UターンやIターンが増えている理由がわかるような気がしませんか? 日本の政治家や地方自治体の方にもぜひこのセトを旅して欲しいと思いました。

石鹸工房の庭から見る風景 石鹸工房の庭から見る風景