2人の教皇によって建築された、ゴシック時代の最大規模の建造物

(その1から続き)見学への入口は、法王庁広場側の、二つの斜塔が立つシャトー門から入ります。ゴシック時代の最大規模の建造物とされるこの宮殿は、大きく2つに分かれています。ベネディクト12世が建てた旧宮殿とクレメンス6世の新宮殿です。その間にある大きな中庭を横切って、旧宮殿から見学が始まります。一般公開されている部屋だけでも、全部で25部屋。所要時間は軽く2時間を越え、回りきった後はくたくたに疲れてしまいました。所々の鑑賞スポットで休憩しながら、見て行くのがいいでしょう。

手書きで描かれた、部屋の床下タイルがかわいい! 手書きで描かれた、部屋の床下タイルがかわいい!

14世紀イタリア画家によるフレスコ画が残る礼拝堂

まずは、教皇と枢機卿が会議を開いた部屋へと足を進めて行きます。この枢機卿会議の間には、14世紀のイタリアの画家シモーネ・マルティーニによるフレスコ画がわずかに残っています。装飾が華やかになってくるのは、クレメンス9世になってから。彼もまたイタリアから画家マッテオ・ジョヴァネッティを呼び寄せ、サン・ジャン礼拝堂、サン・マルシアル礼拝堂のフレスコ画を依頼します。運悪く修復中で見ることができませんでしたが、借りたマルチオーディオガイドの画面でどんな作品だったのか、見ることができました。

真っ青な天空に、金が散りばめられた天井画

2階には、祝宴などが催された大食堂がありましたが、1413年の火災で部屋の壁画は失われてしまい、現在の壁は石がむき出し状態。何も残ってなく、寂しくて広い部屋。興味がわかず、通過してしまいそうになりましたが、部屋で流されていた3D映像に目が留まりました。映像では、クレメンス6世時代の大食堂の様子が再現されていました。天井に施されていたのは真っ青な空に金を散りばめた画、壁は赤を基調とした煌びやかなデザイン。教皇の生活がとても贅沢だったことを象徴する空間です。

教皇は、本当に囚人だったのでしょうか

アヴィニョン滞在時代の教皇たちを「アヴィニョンの囚人」とよぶ言葉があり、この例えは「バビロンの囚人」から来ています。紀元前6世紀にユダ王国が新バビロニア王国に征服され、ヘブライ人らが捕らえられ囚人となった歴史事件に喩えられているのです。つまり、教皇らはフランスの田舎に追いやられ、フランス王に自由を奪われた囚人という皮肉。ところが、豪華づくしの宮殿内を見学していると、そんな表現がおかしくも感じるのです。囚人なんてとんでもない、教皇もここでのゴージャスな生活をきっと楽しんでいたに違いありません。(その3へ続く)