リヨンが食の都になったわけとは……

(前編より続く)1789年、フランス革命が起こると、それまで王宮や宮廷貴族のところで働いていた料理人たちが一斉に職を失います。そこで彼らが始めたのが、レストランです。やがてレストランは各地に及び、ヨーロッパ中にフランス料理が知れ渡って行きました。同時期、織物業が盛んになったリヨンでは、当然のこと、女性たちも工場で働くようになっていきます。そんな社会構造の変質で、レストランが社会にとって必要なものとなっていたのでした。20世紀に入ると、第1次世界大戦で男たちが重労働に従事するようになり、リヨンのレストランでは、女性たちが男性に代わって、料理人になっていくのです。この時、メニューにも、家庭でよく食べられていた臓物やソーセージといったものが取り入れられるようになり、それまでの貴族たちのフランス料理とは一線を画す郷土料理が日の目を浴びて、独自の食文化を形成していったのです。

リヨンの郷土料理とは?

現在リヨンには、名物と言われるメニューの数々があります。「ブーダン・ノワール」は豚の血と脂身の肉詰め、カワカマスをすりつぶして「クネル」、「ダブリエ・ド・サプール」は、牛のハチノスのカツレツです。羊の足や牛の鼻、牛の脳みそなど、「エエッ?」と思わせるメニューもありますが、これらが結構イケるのですね。「ブション」と呼ばれるレストランの中には、正式に郷土料理店として認定されている店もあります。そんな店には、「LES BOUCHONS LYONNAIS(レ・ブション・リヨネ)」といった看板が掲げられているので、わかりやすいです。ランチのセットメニューなら12ユーロ程度からあり、お手頃なのもうれしいですね。ドリンクを注文をするとよく付いてくるのが、豚の脂の唐揚げ「Grattons(グラトン)」です。カリッと香ばしく、うまいです。前菜の「サラダ・リヨネーズ」は、珍味のようですが、定番ですのでぜひお楽しみあれ。

リヨンは日本人シェフが大活躍!

食の都リヨンを作ったのは、女性と家庭料理、それにもう一人立役者がいました。それが現代のフランス料理の革命児ポール・ボキューズの存在です。それまでの王侯貴族用の、こってりとしたフランス料理を「ヌーベル・キュイジーヌ」というあっさりとしたフランス料理に変えて見せたのです。そこには日本の懐石料理が大きく影響しています。ボキューズに懐石料理を紹介したのがフランス料理研究家の辻静雄。辻はそんな縁もあって、辻調理師専門学校フランス校をリヨン郊外に設立したのです。以来、料理でも日本との結びつきが強くなり、今ではリヨン市内に、日本人シェフの店が多くあります。『Au 14 Fevrier』、『TAKAO TAKANO』、『En mets, fais ce qu'il te plait』などです。ぜひ、行ってみてください。
●Au 14 Fevrier
[URL]www.ly-au14fevrier.com
●TAKAO TAKANO
[URL]www.takaotakano.com
●En mets, fais ce qu'il te plait
[URL]www.enmetsfaiscequilteplait.com