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海外現地発ガイド通信

数奇な運命をたどった「パレ・ロワイヤル公園」を歩く


掲載日:2008/10/28 テーマ:観光地・名所 行き先: フランス / パリ

タグ: 公園 美しい 歴史


公園の周りのギャラリーめぐりが楽しい

並木道が素敵。土日は、お散歩にみんなが繰り出してきます 並木道が素敵。土日は、お散歩にみんなが繰り出してきます

パレ・ロワイヤル公園は、ルーブル美術館の正面にあるので、展覧会見学後のお茶に最適の場です。公園をコの字の形に囲む建物の一階には、レストランやキャフェ、香水ショップなど、見て歩くだけで楽しいギャラリーが並んでいます。外観内観ともにセルジュ・ルタンスのデザインによるレ・サロン・デュ・パレ・ロワイヤル資生堂もあるんですよ! もともとは17世紀、ルイ13世の凄腕宰相だったリシュリューの城があった場所でした。リシュリューは死後、ルイ13世に城を遺贈し、以来、国王の所有地になりました。

太陽王ルイ14世のトラウマ

春から秋にかけてはキャフェが外に 春から秋にかけてはキャフェが外に

ルイ13世も亡くなると、広すぎて寒いルーブル宮殿から、まだ4歳だったルイ14世はパレ・ロワイヤルに引っ越し。しかし、まもなく、反王政革命の前兆であるフロンドの乱が起き、まだ幼いルイ14世は、追い立てられるようにして、真冬の夜中に馬車に乗り、郊外にあるサン・ジェルマン・アン・レイの城に避難します。この思い出は、ルイ14世の一生のトラウマとなり、後、パリを離れて、ベルサイユに住むことになった一因となったといわれています。

王家のいろんな逸話が残る場所

文化庁がある場所なので、現代アートが庭園内に展示されている 文化庁がある場所なので、現代アートが庭園内に展示されている

また、青年時代、ルーヴル宮殿に住んでいたルイ14世は、愛妾ルイーズ・ド・ラ・ヴァリエールをこのパレ・ロワイヤル宮殿内に住まわせ、ルーブルから歩いて彼女のもとに通っていたということです。彼女の出産時には、王の愛妾の家がわからないように目隠しをされたお医者さんが、召使いに手を引かれて、この庭園内を走ってやってきたとの逸話も残っています。その後、王がベルサイユに引っ越すと、その弟、フィリップ・ドルレアンの所有となります。

バスチーユ襲撃の待ち合わせ場所

奥に見えるのが文化庁の建物 奥に見えるのが文化庁の建物

リシュリューの城だった建物は壊され、現在ある建物は、オルレアン公フィリップ2世の時代のもの。一部は文化庁として使われています。1780年、ルイ・フィリップ・ドルレアンの時代になると、お金に困った公は、公園の周りに建物を建て、一階のギャラリーにお店やキャフェを店子として入れるようにしました。革命時には、カミーユ・デムーランのような革命家が、キャフェのテーブルの上に立って、聴衆の前で演説。このキャフェ、もうありませんが、キャフェ・ド・フォワ、ここから群衆がバスチーユ襲撃に出発したということです。

【関連情報】

■レ・サロン・デュ・パレ・ロワイヤル
http://www.shiseido.co.jp/sprs/htmlversion/index.htm

 

※記事は掲載日時点での情報であり変更されている可能性もあります。ご了承下さい。(掲載日:2008/10/28)
※旅行前には必ず、外務省の海外安全ホームページで訪問地の安全情報についてご確認ください。
※この記事はガイドレポーターの取材によって提供された主観に基づくものであり、記事は取材時時点の情報です。
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