日本人に人気のない美術館

ギメ東洋美術館をご存知でしょうか? 場所はエッフェル塔の撮影ポイントとして、誰でも足を運ぶシャイヨー宮のすぐそば地下鉄9号線のIENA駅を出たところにあります。東洋美術館の名前のとおり、ここには、シルクロードの遺物やインドの絹織物、カンボジアのアンコール遺跡のものや、日本の浮世絵などが展示されています。なかでもアンコールの遺物は、カンボジア以外で最も多く所蔵しており、所蔵コレクションは4000点以上、ヨーロッパ最大のアジア芸術美術館です。あまり日本人の旅行者は行かない美術館なのですが、この美術館を建てた人物、エミール・ギメのことを知ると、一度足を運びたくなってしまいます。

パリのギメ東洋美術館で日本の幕末明治を堪能する〜なんでフランスでニッポンを? パリのギメ東洋美術館で日本の幕末明治を堪能する〜なんでフランスでニッポンを?

エミール・ギメとはどんな人なのか?

エミール・ギメは1836年、「絹の町」リヨンで生まれました。顔料工場を営んでいた父親が、それまでなかった青色の人造顔料を開発、巨万の富を得ます。エジプトを旅行したギメは、感動をそのままに骨董を買いあさり、やがてはアジアに興味の目を向けていきます。1876(明治9)年には、画家のレガメーと10か月にわたって、日本を旅したのです。日本は明治初期、廃仏運動が盛んな時期で、ここでもギメは、京都や奈良を中心に仏像などを買っていきます。また買うだけでなく、東本願寺や建仁寺の僧侶たち、伊勢神宮の神官、当時京都副知事だった槇村正直らと交流を深めたのです。京都の西陣織は、この4年前にリヨンからジャガード織機を導入し、機械化を図っています。そんな縁もあって、ギメは伝統の町、京都に受け入れたのでしょう。

ギメとレガメーの日本旅行

日本旅行中、ギメは当時販売されていた高価な写真も大量に購入しています。その中でもっとも有名なのは、2代目鈴木真一が撮影した若き日の明治天皇の椅子に座った全身写真でしょう。洋装で、サーベルを指しています。またふんどし姿のちょんまげ男が、背中の見事な刺青を撮らせている写真は圧巻です。いずれもこの美術館で見ることができます。またレガメーは、当時の鎌倉や浅草の庶民の様子なども描いており、幕末から明治初期を知る上では、貴重な資料となっています。

幕末明治好きにはたまらない……

ですから、これらの写真や絵がパリで見られるのです。ギメやレガメーの功績でしょう。1879年、ギメはリヨンに東洋美術館を設立、のちにパリに移されて、コレクションを政府に寄贈し、ルーブル美術館の東洋部門と合体するかたちで、現在のギメ東洋美術館となりました。1900年、パリ日仏協会が設立された折には、ギメが副会長、レガメーが事務局長に就いています。生涯日本びいきで知られたエミール・ギメ。幕末明治の歴史好きには、彼のことを知った上で、この美術館を訪れたら、きっと面白くてしかたがないにちがいありません。