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海外現地発ガイド通信

30年前、ドイツ統一の年にベルリンの壁に描かれた野外ギャラリー


掲載日:2020/11/16 テーマ:美術館・博物館 行き先: ドイツ / ベルリン

タグ: 街歩き 名画 歴史


一時的な展示のつもりが永久保存に

「全て開いている」、右:「成長」、共にローズマリー・シンツラー作 (1992年撮影) 「全て開いている」、右:「成長」、共にローズマリー・シンツラー作 (1992年撮影)

ベルリンの壁が崩壊した翌年の1990年、まだ東ベルリンだったミューレン通りのおよそ1.3キロに渡るベルリンの壁に芸術家たちが絵を描き始めた。当初は壁崩壊を祝うイベントとして行われた一時的な野外ギャラリーのつもりだった。ところが思いがけなく大好評でたちまち有名になる。そうこうしているうちに1991年、絵の描かれている壁が永久保存することが決定し、イーストサイド・ギャラリーと名付けられた。ミューレン通りMuehlenstrasseはベルリン東駅Ost Bahnhofとワルシャワ通り駅Warschauer Str.との間、シュプレー川沿いにある。壁崩壊後間もない1990年2月、東ドイツ国防省の許可を得てミューレン通りの壁に絵を描くプロジェクトが発足。大使館を通じて世界各地の芸術家たちに声が掛かり、希望者が招待された。21ヵ国から集まった118人のアーティストたちによって制作が始まり、東西ドイツ統一直前の9月28日に104の作品が完成した。

平和、抑圧、解放、皮肉、なんらかのメッセージをこめて

「ベルニカ」ステファン・カッチャトーレ作 (1992年撮影) 「ベルニカ」ステファン・カッチャトーレ作 (1992年撮影)

制作者たちはそれぞれに思いを込め、何かを訴えている。自転車で通りかかった若い2人の男性が壁画の前で立ち止まり、じっと眺めている。絵に込められたメッセージの意味を考えているようだ。同じ作者の絵が2つ並び、「全ての門は開かれている」という左側は平和を象徴する鳩が2羽、ブランデンブルク門を吊るしたリボンをくわえている。右側は大きな白い種子から芽が出て育っていく様子が描かれ、「力の動きは内部に浸透する」とある。哲学的でちょっと解りにくい。どこかで見たような作品があった。下方に書かれた「ベルニカ Buerlinica」 という題を見て思い出す。ピカソの「ゲルニカGuernica」だ。ベルリンBerlinとGuernicaを合わせてベルニカとし、ゲルニカを部分的に取り出して独自のスタイルで描いている。壁があった時代の抑圧された人々を表現しているのだろうか。題が表紙されていると理解しやすいが、タイトルが無い作品も多い。

ソ連と東ドイツ、社会主義国の党首が熱いキスを

「兄弟のキス」ドミトリー・ヴルーベリ作 (1992年撮影) 「兄弟のキス」ドミトリー・ヴルーベリ作 (1992年撮影)

イーストサイド・ギャラリーで最も有名なのは「兄弟のキス Brudekuss」と呼ばれるこの絵。ソ連のブレジネフ書記長と東ドイツのホーネッカー書記長を描いたもの。1979年、ドイツ民主共和国30周年記念の式典で撮影された写真の模写である。つまり実際に起こったことだった。え?何でこんなことを・・・?と思うが、ロシアには数世紀に渡り、キスで世界の首脳たちを迎える伝統があったそうだ。この伝統的な挨拶を社会主義国の首脳たち全てが歓迎したわけではなく、なんとか逃れようとした人もいたとか。それ故、ソ連と東独の強い絆を示すこの熱いキッスは色々な意味で話題になり、写真は有名に。壁が崩壊した後、ソ連の画家ドミトリー・ヴルーベリ氏がイーストサイド・ギャラリーにこの写真をそのまま描いた。単なる模写だ、との批判もあるが、強烈なインパクトを与える作品であることは間違いない。

30年の年月と共に徐々に変わっていったミューレン通り

「 TEST THE BEST 」ビルギット・キンダー作 (1992年撮影) 「 TEST THE BEST 」ビルギット・キンダー作 (1992年撮影)

イーストサイド・ギャラリーは風雨にさらされ、落書きもされていった。2000年に劣化が激しかった40点の作品が復元され、さらに2009年には220万ユーロを投じて全面的なリニューアルが行われた。このとき修復に参加しなかったアーティストのオリジナル作品は消滅してしまった。「兄弟のキス」は注目され、修復作業中のヴルーベリ氏は何度も取材を受けた。現在残っているのは基本的に2009年の作品だが、ミューレン通り再開発工事によって移動された壁と作品もある。面白い作品がもう一つ、壁を突き破ってこちらへ出てくるトラバント。ボール紙の車体、と揶揄されたトラバントだが、ベルリンの壁を突き破る硬さがあるということなのか。あるいはトラバントでも破れるほどベルリンの壁はもろかった、と言っているのか。そのトラバントに乗って回るベルリン市内観光が今日人気だ。ドイツ統一から30年。イーストサイド・ギャラリーと共に歩んだ30年である。

イーストサイド・ギャラリーへのアクセス

1992年当時のミューレン通り、イーストサイド・ギャラリー 1992年当時のミューレン通り、イーストサイド・ギャラリー

近郊電車Sバーンで、S3、S5、S7、S9、S75でオスト・バーンホーフOst Bahnhof下車。
そのままシュプレー川に向かって南へ歩くとミューレン通りMuehlenstrasseにぶつかるので左折。
少し歩くとギャラリーが始まる。

ギャラリーが終わると大きな交差点があるので左折してワルシャワ通りWarschauer Str.へ。
その先にワルシャワ通り駅S+U Warschauer Str.があり、S3、S5、S7、S9、S75、および地下鉄U1、U3が走っている。
順路はないので、どちらの駅から始めても良い。

 

※記事は掲載日時点での情報であり変更されている可能性もあります。ご了承下さい。(掲載日:2020/11/16)
※旅行前には必ず、外務省の海外安全ホームページで訪問地の安全情報についてご確認ください。
※この記事はガイドレポーターの取材によって提供された主観に基づくものであり、記事は取材時時点の情報です。
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