第二次世界大戦のときに破壊された聖母教会

ドイツ、ドレスデンのシンボルといえば聖母教会です。今はきれいに修復され、地元の人がお参りに訪れるのはもちろん、観光客にも人気でいつもにぎわっています。この聖母教会は、第二次世界大戦のときに破壊され、修復が終わったのは2005年。たった10年前のことなのです。もともとこの教会は、18世紀に建てられたプロテスタントのルター派の教会でした。当時は、ずいぶん立派だったと思います。ところが、第二次世界大戦のとき、ドレスデンは英米軍の空爆の被害に遭い、聖母教会も崩れ落ちてしまいました。そして戦後はドレスデンは東ドイツに組み込まれ、聖母教会はそのまま放置されてしまったのでした。

ドレスデンの聖母教会。宝くじも復興に役立ちました ドレスデンの聖母教会。宝くじも復興に役立ちました

多くの工夫により、寄付金を集めました

ベルリンの壁が崩壊し、ドイツ統一がなされてから、聖母教会の修復が始まりました。莫大な資金がかかったはずですが、ほとんどが寄付でまかなわれました。生物学者のブローベルは、ノーベル賞の賞金の多くを聖母教会に寄付しましたし、地元のドレスデン銀行も、がんばって寄付を集めました。また、修復工事をしているころのドレスデンの町には、あちこちに聖母教会のマークがついた小屋がありました。これは宝くじ売り場で、収益が聖母教会の寄付になるという仕組みです。聖母教会にちなんだ寄付金付きのグッズもつくられました。ボロボロで修復には使えない、聖母教会の瓦礫のカケラを埋め込んだ時計などがありました。私も、ひとつ聖母教会の時計を持っています。10年使い、リューズが甘くなったので仕舞ってあります。私の寄付が、聖母教会に使われているのはうれしいものです。

聖母教会はドレスデンのシンボル

修復の初期は、聖母教会の瓦礫が、番号をふられて棚に入れられていました。以前あった場所に、その瓦礫を戻すためです。ボロボロでもう修復に使えない部分や、もう存在しない部分はわざとその部分を白っぽくした石材が使われました。まるで、巨大立体パズルのようで、気が遠くなるような作業です。それでも、ドレスデンを訪れるたび、少しずつ教会が出来上がってゆきました。初めて、聖母教会の鐘をきいた感激は忘れられません。聖母教会はドレスデンのシンボルとして、よみがえったのです。