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ハンブルクっ子の合言葉『フンメル、フンメル、モアス、モアス』って何?


掲載日:2010/01/25 テーマ:観光地・名所 行き先: ドイツ / ハンブルク

タグ: おもしろい 街歩き


フンメル人形ならぬフンメルおじさん

町で見かける看板の形を良く見てみると、フンメルおじさん。 町で見かける看板の形を良く見てみると、フンメルおじさん。

ドイツで「フンメル」と言ったら、あの可愛らしいフンメル人形のこと。20世紀前半に南ドイツの修道女マリア・イノツェンツィア・フンメルが描いた子供や天使の絵が立体化されて人形になったもの。今ではスペインのリヤドロと並ぶ世界の高級陶磁器人形である。ところがハンブルクで「フンメル」と言うと、桶を担いだおじさんのこと。土産物屋ではこのフンメルおじさんの人形も売っているが、あの可愛いフンメルドールではない。町を歩いているとたまに桶を担いだフンメルおじさんの像を見かける。実物大の大きなものでアート的色彩が施されている。一体このおじさんは誰なのだろう?

フンメルと呼ばれたベンツ氏

町のいたるところで様々なアーティストによって色を塗られたフンメルを見かける。これは蝋人形館の前のフンメル。 町のいたるところで様々なアーティストによって色を塗られたフンメルを見かける。これは蝋人形館の前のフンメル。

彼はヨハン・ヴィルヘルム・ベンツという1787年生まれの水運搬屋である。ハンブルクのノイシュタットに住んでいた。彼が天秤棒を担いで水を運んでいると、必ず近所の子供たちが「フンメル、フンメル!」とからかった。そのたびにベンツは「モアス、モアス!」と怒鳴っていた。フンメルとは人の名前である。ベンツは何故フンメルと呼ばれたのであろうか。それはベンツが住んでいるアパートの部屋に、かつてフンメルという兵隊さんが住んでいたからである。フンメルは近所の子供たちを集めて戦争の話を聞かせてあげる優しい人だった。彼がいなくなると、その部屋にベンツが越してきた。ベンツはフンメルとは対照的にしかめっ面をした無愛想な男だった。

いまやハンブルクっ子の合言葉

ハンブルク中央駅構内にも複数のフンメルを発見。 ハンブルク中央駅構内にも複数のフンメルを発見。

子供たちはフンメルのことが忘れられず、同じ部屋に住んでいるベンツの姿を見かけると皆で「フンメル、フンメル!」と声をかけた。それを嫌がったベンツは「モアス、モアス!」と叫んで子供たちを蹴散らした。モアスとは方言で「あっちへ行け!」という意味である。このやりとりはしばらく続いたためハンブルクではすっかり有名になってしまった。そして今ではハンブルグっ子たちの合言葉のように定着している。たとえば外国でハンブルクナンバーの車を見かけると、同郷の人は「フンメル、フンメル!」と声をかける。すると相手が「モアス、モアス!」と答える、という具合である。

噂のフンメル像を探しにいこう

これがオリジナルの銅像。意外とハンブルク市民もこの存在を知らないという穴場。 これがオリジナルの銅像。意外とハンブルク市民もこの存在を知らないという穴場。

ところでハンブルクには1938年に建てられたオリジナルのフンメル銅像がある。場所はかつて町を取り巻いていた市壁跡の緑地帯と市庁舎広場との丁度中間あたり。最寄りの駅はないので市庁舎広場から歩くことになる。アクセル・シュプリンガー・プラッツという5本の道が出会う交差点からヴェックス通りを少し歩き、最初の道を左へ入ってすぐのラーデマハーガング広場にある。たどり着くまでちょっと大変だが見つけた時は感激する。大通りから入り込んでいるので静かな広場である。オリジナルの銅像は優しい顔をしたおじさんだった。本当はベンツさんだったのにいつの間にかフンメルさんになってしまった。こうしたエピソードを知っていると、街角でフンメル像を見かけたとき嬉しくなる。

 

※記事は掲載日時点での情報であり変更されている可能性もあります。ご了承下さい。(掲載日:2010/01/25)
※旅行前には必ず、外務省の海外安全ホームページで訪問地の安全情報についてご確認ください。
※この記事はガイドレポーターの取材によって提供された主観に基づくものであり、記事は取材時時点の情報です。
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