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海外現地発ガイド通信

ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団、三代目のコンサートホール


掲載日:2019/06/06 テーマ:オペラ・音楽 行き先: ドイツ / ライプチヒ

タグ: 音楽 憧れ 歴史


是非、本場ライプツィヒで聴きたいゲヴァントハウス管弦楽団

ゲヴァントハウスのヴィンヤード型コンサートホールは音響が素晴らしい ゲヴァントハウスのヴィンヤード型コンサートホールは音響が素晴らしい

ライプツィヒ・ゲヴァントハウスと聞いたらクラシックファンは叫び声をあげるだろう。柔らかさと力強さ、繊細さと躍動感を兼ね備えたパワフルな演奏に誰もが惹きつけられる。世界には質の高いオーケストラがたくさんあるが、ドイツ系ならウィーンフィルやベルリンフィルと並んで日本でも大変人気がある。本拠地のライプツィヒには1900席の大きなコンサートホールがあり、ほとんど毎日演奏会が開かれている。ベルリン・フィルハーモニーの様なヴィンヤード型の大きなホールで、威風堂々たるパイプオルガンがあり、パイプの数は6638本。優れた音響にも定評があり、旧東独時代に建てられたとは思えぬ立派なコンサートホールである。外観はモダンなガラス張り。おかげでヨーロッパ最大の現代美術天井画を見ることができる。ロビーの天井に描かれた714平方メートルのジークハルト・ギレ作「命の歌声」は、夜のコンサートの間、明るい照明によって広場からも鑑賞できる。

ゲヴァントハウスから始まった市民も楽しめるコンサート

ガラス張りの建物が特徴で、昼間は周囲の風景を映し出す。正面には1886年に造られたメンデの泉がある。 ガラス張りの建物が特徴で、昼間は周囲の風景を映し出す。正面には1886年に造られたメンデの泉がある。

演奏もさることながら、この楽団の素晴らしいことは「市民の力」で立ち上げられたオーケストラということだ。中世のヨーロッパでは王侯貴族が独自の楽団を持っており、自分の城や宮殿でコンサートを開いて楽しんでいた。そのうち町の中に歌劇場が造られたが、そこへ足を運べるのは王侯貴族に限られていた。こうした特権階級ではなく、一般市民が音楽を楽しめるように、と1743年、ライプツィヒの商人16人が資金を出し合って「大コンサート協会」という音楽愛好会を作った。入場料を払えば誰でも演奏を聴くことができるという、世界で初めて“市民の自主運営によるオーケストラ”が結成されたのだった。当初はホテルのホールで演奏活動を行っていたが、聴衆は増えるばかりで狭くなり、新たな場所を探し始める。

織物取引所が楽団最初のコンサートホールに

コンサートが開かれる夜はロビーの照明が明るく、天井画が良く見える コンサートが開かれる夜はロビーの照明が明るく、天井画が良く見える

ライプツィヒは古くから交易の町として栄え、フランクフルトからライプツィヒまでの通商路もあったほどである。交易品の中でも毛織物は重要で特別な品だった。どこの町でも毛織物は室内で取引され、専用の立派な館があった。ライプツィヒでは大学の近く、今日のクプファーガッセに大きな織物取引所Gewandhausゲヴァントハウスがあり、楽団は1781年からこの建物の2階で演奏するようになった。このゲヴァントハウスという名称が、そのまま楽団の名前として使われ、今日に至っている。1835年にメンデルスゾーンが楽長になると楽団は一段と飛躍し、ヨーロッパで名が知られるようになる。メンデルスゾーンは1843年、ライプツィヒに音楽大学を設立している。このゲヴァントハウスも次第に狭くなり、1884年に旧市街の外側、市の南西部に新しいコンサートホールが完成する。名前はそのまま「ゲヴァントハウス」を受け継いだ。

クルト・マズアの力によって現在のゲヴァントハウスが建設された

滝廉太郎が住んでいた家は現存しないが、家のあった場所に記念碑がある 滝廉太郎が住んでいた家は現存しないが、家のあった場所に記念碑がある

新ゲヴァントハウスはネオ・バロック様式の美しい建物だったが第二次大戦で焼失してしまった。その後は会議場で演奏が続けられていたが1970年に名指揮者クルト・マズアが楽長に就任すると、彼は市にコンサートホールの必要性を力説し、その結果1981年に3代目、現在のゲヴァントハウスが完成した。旧市街のアウグストゥス広場、オペラ座の反対側である。ライプツィヒで最も大きなメンデの泉を挟んで現在のゲヴァントハウスとオペラ座が向かい合っている。ところで2代目新ゲヴァントハウスの近くに今もある、メンデルスゾーンが設立した音楽大学(今日のフェリクス・メンデルスゾーン・バルトルディ音楽演劇大学ライプツィヒ)に瀧廉太郎も通っていた。文部省の留学生としてライプツィヒで音楽を学ぶが、肺結核を発病してわずか1年少々で帰国。その後23歳の若さで亡くなった。音楽大学の近く、彼が住んでいた家の前には記念碑が立っている。

データ

アウグストゥス広場Augustusplatzのライプツィヒ歌劇場Oper Leipzig アウグストゥス広場Augustusplatzのライプツィヒ歌劇場Oper Leipzig

ライプツィヒ・ゲヴァントハウス
Gewandhaus zu Leipzig

住所: Augustusplatz 8,  Leipzig
電話: +49 (0)341-1270-280
アクセス:Augustusplatz(アウグストゥスプラッツ)
    :路面電車4・7・8・10・11・12・14・15・16号線
http://www.gewandhaus.de

チケットセンター(Gewandhauskasse)
月〜金曜10:00〜18:00
土曜10:00〜14:00
※コンサート開催日は開演時刻まで

 

※記事は掲載日時点での情報であり変更されている可能性もあります。ご了承下さい。(掲載日:2019/06/06)
※旅行前には必ず、外務省の海外安全ホームページで訪問地の安全情報についてご確認ください。
※この記事はガイドレポーターの取材によって提供された主観に基づくものであり、記事は取材時時点の情報です。
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