世代を超えて音楽が受け継がれる町ライプツィヒ

ドイツ東部ザクセン州で最大の人口を持つ都市ライプツィヒ。中世以降交易の都市として発展し、18世紀にはドイツ有数の商業都市に成長したライプツィヒは、その経済的繁栄を背景に18世紀以降は「音楽の都」として知られていくようになります。後期のバッハやメンデルスゾーンが活躍し、シューマンが学生時代を過ごし、ワーグナーが生まれ育ち、世界最古の民間オーケストラを擁している、クラシック音楽愛好家にとっての「聖地」のような町です。今回はライプツィヒがどんな音楽の歴史を辿ったかを概観しつつ、観光におすすめのスポットをご紹介したいと思います。

トーマス教会の脇に立っているバッハの銅像 トーマス教会の脇に立っているバッハの銅像

まとめて観光! トーマス教会とバッハ博物館

ライプツィヒ市街地のちょうど中心となるあたりにトーマス教会があります。ここはバッハが38歳から没する前年まで音楽監督を務めた教会で、教会内部にはバッハのお墓があり、教会の脇にはバッハの銅像も立っています。教会のすぐ南側にはバッハ博物館もあります。ここはもともと、バッハと親交の深かった商人ボーゼの屋敷だったところで、生前のバッハもたびたび訪れていたそうです。博物館ではバッハの生涯について詳しく知ることができるのはもちろん、状態の良いバッハの自筆譜や当時使われたさまざまな楽器などが展示されています。

バッハの再評価に貢献したメンデルスゾーンの家

バッハはその作品の難解さから、一部の音楽家を除き一般には忘れ去られていきますが、メンデルスゾーンの活動により再び脚光を浴びることになります。バッハの大作『マタイ受難曲』を指揮してメンデルスゾーンがバッハを一躍有名にしたのはベルリンでのことですが、メンデルスゾーンはその後26歳のときに世界最古の民間オーケストラであるライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の楽長としてライプツィヒにやってきて、この地で没します。市街地からやや離れたところに彼が過ごした家があり、使われていた楽器や家具、自筆譜、また写生も嗜んでいたメンデルスゾーンの水彩画などが展示されています。

世界最古の民間オーケストラの本拠地、ゲヴァントハウス

設立から270年以上という長い歴史を持つだけでなく、演奏技術も世界最高クラスのライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の本拠地がゲヴァントハウスです。現在の建物は1981年に完成した「三代目」ですが、一流オケが演奏するにふさわしい壮麗なホールです。コンサートのチケットはウェブサイトで購入できるので、日程などの都合がつけばぜひ実際に聴きに行ってみてください。