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海外現地発ガイド通信

魔女狩りから製皮職人の家まで 小さな物語を辿る旅 ネルトリンゲン


掲載日:2007/12/18 テーマ:観光地・名所 行き先: ドイツ / ネルトリンゲン

タグ: 歴史


語り継がれた物語を探そう

この町を潤わせていた製皮職人の家には、組合のマークが付いている この町を潤わせていた製皮職人の家には、組合のマークが付いている

きっと世界中どこでも、今改めて聞けば驚くような物語があったに違いない。市民の間で自然に語り継がれた物語に旅の中で出会うとき、生活感や土地柄を無理なく感じることができる。ロマンチック街道の中の町、ネルトリンゲンにはそんな素朴な物語の宝庫だ。

賢い役人に救われた子供のささやかな物語

市庁舎のこの階段は17世紀に造り替えられたもの 市庁舎のこの階段は17世紀に造り替えられたもの

まず、14世紀末から使われている市庁舎の目の前にある建物には、子供の顔が彫られているのが見える。それは2階部分のほんの隅にある彫刻で、普通に過ごしていたらば誰も気がつくことはないし、ましてや観光名所でもない。しかし町の人には有名なこの顔、実は物語が隠されているのだ。昔、金を取った疑いで処刑されそうになった小さな男の子がいた。いくらその子の両親が頼んでもその刑を免れそうもなかったときに、ある役人が試しにりんごと金をその子に見せ、どちらが欲しいかと尋ねた。この役人は、こんな小さな子供が金の価値を分かるはずがないから、まず取らないだろうと思っていたのだ。案の定その子は真っ先にりんごを取り、冤罪として刑を免れた。それを喜んだ両親がその家にその子の顔を彫り、今だにその姿が残されているのだった。

魔女狩りの拷問に耐え忍んだマリア

とても簡素なものだが、町の人はみなマリアに感謝している とても簡素なものだが、町の人はみなマリアに感謝している

冤罪といえば、この町には何の罪もない女性たちが合計35人も殺されたという歴史がある。そう、魔女狩りである。魔女狩りは14世紀から17世紀のヨーロッパ、特に南ドイツで盛んに行われた。ネルトリンゲンでも行われたのだが、それをストップさせた最後の女性がマリア・ホルである。彼女はどんな拷問にも耐え続け、決して魔女であると認めなかった。彼女の忍耐力は超人的なものであり、人々は次第にもしかしたら魔女ではないのではないか、と彼女の方を信じるようになる。そして晴れてマリアは釈放され、それ以降一人も犠牲者が出ていない。これを記念してネルトリンゲンのヴァインマルクトにはマリアの泉と呼ばれる噴水が建てられている。市壁の外を散歩していると、大きな岩がある。そこを通っていたおばあさんに「ここは昔魔女が焼かれた焼き場だったんだよ」と教えてもらった。何の立て看板もないその素の姿が、リアルな恐ろしさを醸し出していた。

今でもその形を残す製皮職人の家

職人の家。冬に見ると、屋根裏の窓が全くないこの家は寒そうに見える。それでもオリジナルのまま保存されている 職人の家。冬に見ると、屋根裏の窓が全くないこの家は寒そうに見える。それでもオリジナルのまま保存されている

最後に紹介したいのは、ゲルバーガッセと呼ばれる通り。この町は帝国都市時代に皮革産業で栄えていた。この通りには当時の職人の家が今でも残されている。屋根裏部分は皮を乾かすための部屋があり、風通しをよくするために窓が全くない。これらの家の裏には小川が流れており、そこで皮を洗ったそうだ。現在は個人住宅として使用されているが、屋根裏部分に窓を取り付けることもなく、当時の様子を保っていることに感激してしまう。
この町の、ガイドブックに載らない程の小さな物語を辿っていくと、旅とはもともとこのようなささやかな楽しみを拾い集めることだったのではないか、と思えてくる。

【関連情報】

この町の物語が見つかる通りの名前(すべて歩いて回れる)
■ 子供の顔の彫刻 Marktplatz
■ マリアの泉 Bergerstrasse
■ 製皮職人の家 Vordere Gerbergasse

 

※記事は掲載日時点での情報であり変更されている可能性もあります。ご了承下さい。(掲載日:2007/12/18)
※旅行前には必ず、外務省の海外安全ホームページで訪問地の安全情報についてご確認ください。
※この記事はガイドレポーターの取材によって提供された主観に基づくものであり、記事は取材時時点の情報です。
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