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ドイツ・レーゲンスブルク・遺跡の現地ガイド記事

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海外現地発ガイド通信

ローマの壁が残る街

掲載日:2017/03/01 テーマ:遺跡 行き先: ドイツ / レーゲンスブルク ライター:吉村 美佳

タグ: 遺跡 珍しい 歴史



ABガイド:吉村 美佳

【ドイツのABガイド】 吉村 美佳
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南ドイツの世界遺産都市、レーゲンスブルク在住。観光局公認ガイドとして働くうち、この街を、もっと皆に知ってほしいと、強く願うようになりました。歴史に絡めたネタや、お薦めホテル、地元の注目イベント、ビールや、珈琲、料理ネタもしっかり発信していきます。

歴史博物館に保管されている石碑。西暦179年に作られた城壁の東側の入り口の上にあったもの。刻まれているのは、この城壁を作った人の名前や年号など、現在に伝える大切な情報です。歴史博物館は火〜日曜日の10〜16時まで。 歴史博物館に保管されている石碑。西暦179年に作られた城壁の東側の入り口の上にあったもの。刻まれているのは、この城壁を作った人の名前や年号など、現在に伝える大切な情報です。歴史博物館は火〜日曜日の10〜16時まで。

レーゲンスブルクを造ったのは、マルクス・アウレリウス

レーゲンスブルクの街は、西暦179年、五賢帝時代最後の皇帝、マルクス・アウレリウスが6000人の兵隊を連れ、軍事拠点を作った事に始まります。
軍事拠点は450m x 540mの城壁で囲まれ、その中には兵隊の住居、浴場、家畜小屋、飼料小屋、商業施設など、生活に必要なものがあり、一部は、商人など外部の人が出入りする場所でした。中央には、十文字に目抜き通りが走り、その行き着く先の東西南北にそれぞれ門がありました。東の門の上には、7mの長さの石碑があり、そこに、いつ、誰がこの軍事拠点を築いたのかが刻まれていたのです。
カストラ・レギナと呼ばれる、この軍事拠点は、一番北に存在するローマの街となりました。

 

表面の汚れを落とし、再び姿を現したポルタ・プレトリア。ホテル・ビショフホーフの所有となるのですが、レーゲンスブルクもポルタ・プレトリアの観光化には、力を入れています。 表面の汚れを落とし、再び姿を現したポルタ・プレトリア。ホテル・ビショフホーフの所有となるのですが、レーゲンスブルクもポルタ・プレトリアの観光化には、力を入れています。

ポルタ・プレトリア

東西南北にあった入口のうち、主要門は、北側の入口、ポルタ・プレトリアでした。ドイツには、トリーア(Trier)にローマ人の残した市壁の門、ポルタ・二グラがあるのですが、それ以外では、アルプス山脈の北側に存在する唯一のものです。
もともとは、幅4mのアーチが二つ並び、それを挟むように、20mの塔がありました。今は左側の塔が11mと、右側のアーチが残っています。塔の上部はホテルのスウィートルーム。
2016年2月から12月まで幕に覆われ、修復工事が行われていました。歯医者が機械を用いて歯を磨くように、石灰岩を一つ一つ磨いたのだそうです。今も、内部の改築は続いており、塔の下にあったレストランの為のジャガイモ保管所は、観光客の為に生まれ変わる予定です。

 

Suedosteckeと呼ばれる、南東部の壁跡。今では、観光客が、その壁に近づきやすいように工夫されている。 Suedosteckeと呼ばれる、南東部の壁跡。今では、観光客が、その壁に近づきやすいように工夫されている。

南東部の壁跡

レーゲンスブルクには、他にもローマの遺跡があります。
まず、駅から近い位置に、ローマの城壁の南西部の壁跡があります。正しくは、ローマの壁と、中世の壁が混じったものです。
1954年、ある保険会社がここに事務所を建設しようとしたところ、ローマの遺跡が出てきました。仕方なく作業を中止し、考古学的な調査が進められ、次々と城壁が姿を現しました。
長年雨風にさらされているローマの遺跡ですが、今はきちんと整備されています。
観光案内のボードに、レーゲンスブルクの市街地図と、どこにローマの壁があるか示されているので、歩いて他の壁を探し当てていくのも、面白いでしょう。

 

立体駐車場とショッピングエリアは、簡単に見つかるのですが、肝心なローマの壁は、わかりにくい所にあります。これを見つけることが出来たら、ちょっと得した気分になるかも。見学は無料。。 立体駐車場とショッピングエリアは、簡単に見つかるのですが、肝心なローマの壁は、わかりにくい所にあります。これを見つけることが出来たら、ちょっと得した気分になるかも。見学は無料。。

ダッハウ広場の立体駐車場に隠れるローマの壁

ダッハウ広場には、立派な立体駐車場があります。
まさかこんな所に…と思うのですが、実は、立体駐車場とショッピングエリアから成り立つこの建物にも、ローマの壁が潜んでいるのです。
ローマの壁は、作られた後、920年に西への拡張工事が、1320年に東への拡張工事が行われています。179年の壁の中でも、最も長い間使われていたのが、この、ダッハウ広場にも見られる東の壁なのです。
ダッハウ広場で見られる壁は、1320年まで使われ、1971年に発見されました。作られた当時のイメージ画像などもタッチスクリーンで見ることができます。

 

歴史博物館にある、ノイプファー広場で見つかった中世の金貨。博物館の一部は、13世紀に建てられたミノリッテン教会。暖房の問題からか、教会部分は冬季は閉鎖されていますが、古い教会が博物館となるとは、さすがレーゲンスブルク! 歴史博物館にある、ノイプファー広場で見つかった中世の金貨。博物館の一部は、13世紀に建てられたミノリッテン教会。暖房の問題からか、教会部分は冬季は閉鎖されていますが、古い教会が博物館となるとは、さすがレーゲンスブルク!

考古学者が喜ぶ街

掘り起こせば考古学者が喜ぶ街、レーゲンスブルク。
街のど真ん中にあるノイプファー広場では、1996年に中世の金貨624個が見つかった他、ローマの遺跡も出てきました。ユダヤ人街(〜1519年)の跡地でもあるので、シナゴーグの跡も発見されています。
西にある三角形の広場、ハイド広場では、12世紀の地下跡が発見されています。
2018年5月に開館予定のバイエルン州歴史博物館が建築されている工事現場では、2014年に、1200年前の木造の住宅の一部や、800年前のパンの焼け焦げたものが発見されています。最近では、ダッハウ広場にベンチを設置しようとしたら、またローマの遺跡が出てきたので、ベンチ設置を中止。
掘り起こせば、何かが見つかるのが、レーゲンスブルクなのです。

 
 

※記事は掲載日時点での情報であり変更されている可能性もあります。ご了承下さい。(掲載日:2017/03/01)
※旅行前には必ず、外務省の海外安全ホームページで訪問地の安全情報についてご確認ください。
※この記事はガイドレポーターの取材によって提供された主観に基づくものであり、記事は取材時時点の情報です。
 提供情報の真実性、合法性、安全性などについては、ご自身の責任において事前に確認して利用してください。
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