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ドイツ・レーゲンスブルク・歴史の現地ガイド記事
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海外現地発ガイド通信

ここは、お金持ちのための旅館「白羊亭」でした。


掲載日:2018/10/03 テーマ:歴史 行き先: ドイツ / レーゲンスブルク

タグ: ひとり旅 街歩き 歴史


西の黄金の十字架、東の白羊亭

ドイツ最古のソーセージ屋さんのすぐ後ろにある白羊亭。今は一階がお土産物屋さんとなっています。 ドイツ最古のソーセージ屋さんのすぐ後ろにある白羊亭。今は一階がお土産物屋さんとなっています。

レーゲンスブルク旧市街の西にある三角形の広場、ハイド広場には、国王級の人が泊まったとして有名な黄金の十字架と呼ばれるホテルが有ります。(この黄金の十字架については、いつか改めてご紹介するつもりです。)
それに対し、西側にあるこちら白羊亭は、「一般庶民の中でもお金持ち」を対象にした高級な旅館。1641年にカメリッテン修道院の場所(南東に少し行った場所)からこちらへ引っ越してきました。

文豪ゲーテは1786年9月に宿泊しました。プライベートでの旅行だったので、偽名を使い、ライプチヒから来た商人であるとして、石橋を郵便馬車に乗ってこの町に入りました。ドナウを見下ろす部屋に泊まり、マイン川を思い出していたようです。ここで、「イタリア紀行」の原稿を書き、その30年後に公になりました。冒頭で、レーゲンスブルクの美しさ、教会や修道院の多さ、レーゲンスブルクで食べた梨がまずかったこと、などなどを書いています。
ゲーテは、この旅行で、4泊しか宿に泊まっていないうちの一泊だったのだそうです。(残りは、郵便馬車で寝泊りをしたとか。)

この宿に泊まった有名人達

お土産物屋さんの入り口のすぐ左、信号の陰にある看板。最後の列に、ゲーテ、モーツァルト、ハイドンと刻まれている。 お土産物屋さんの入り口のすぐ左、信号の陰にある看板。最後の列に、ゲーテ、モーツァルト、ハイドンと刻まれている。

建物についている看板にもあるとおり、ゲーテの他にも二人の作曲家が泊まっています。
ハイドンは、1794年ロンドンに行く途中、東門(オーステン・トアー)から郵便馬車にてレーゲンスブルクに入り、翌日に石橋を通って出発しているようです。まだ、自由都市として、バイエルン州から独立し、政治的には中立の立場にあった時代のことです。ハイドンにとっては、2回目のロンドン行きだったのですが、長旅の途中にレーゲンスブルクに訪れたハイドンは、この時62歳。レーゲンスブルクについて、一体どんな印象を持ったのでしょうか。

これはもしかして、モーツァルト?

建物の東側の側面にある窓には、モーツァルトかな?と思える肖像があちこちにあります。 建物の東側の側面にある窓には、モーツァルトかな?と思える肖像があちこちにあります。

モーツァルトは、ハイドンより4年前の1790年にここに宿泊しました。皇帝レオポルド二世の戴冠式のため、フランクフルトに向かう途中のことです。34歳のモーツァルトは、市民の大歓迎を受けて宿泊しました。その後フランクフルトから書いた手紙の中に、良い天気に恵まれ、立派な食事を食べ、最高のもてなしを受けた旨を書いています。
18世紀の終わりに、外壁の装飾が施されたとのことですから、窓の上にあちこちにある肖像は、モーツァルトかなぁ、と思います。

現在はお土産物屋さんです

元白羊亭にある二軒のお土産物屋さんのうち、脇にあるお店の入り口です。こじんまりとしたお店ですが、すぐそばのソーセージ屋さんで有名な甘いマスタードも取り扱っています。 元白羊亭にある二軒のお土産物屋さんのうち、脇にあるお店の入り口です。こじんまりとしたお店ですが、すぐそばのソーセージ屋さんで有名な甘いマスタードも取り扱っています。

1820年に旅館業は幕を閉じることとなりました。
その後も飲食業の資格を失うことなく、一旦同じ名前で旅館としても復活しましたが、残念ながら以前のような輝きを持ったものとはなりませんでした。
現在、石橋の近くには何軒かのお土産物屋さんがあります。この建物内にもそのうち二軒があり、一軒は、観光シーズン中は日曜日でも開いています。大きな通りに面した(ソーセージ屋さん側)お店は、店舗が大きい分、きっと気にいるものが見つかることでしょう。ここが閉まっていても、姉妹店が斜め向かいの石橋入口にあります。こちらは日曜日も開いています。(2018年8月現在)

ドナウ川沿いの風景を味わう

白羊亭を東側から見た様子 白羊亭を東側から見た様子

ここは、石橋のすぐ近くなので、多くの観光客が通り過ぎます。
かつての白羊亭を目指すと、焼きソーセージの美味しそうな匂いに包まれます。
最古の石橋を、川沿いから眺めるのも忘れてはいけないところですが、中世へ想いを寄せて、白羊亭に泊まった有名人達がレーゲンスブルクで体験したことを想像してみるのも面白いですね。
それを助けるのは、すぐ近くにある、1700年当時のレーゲンスブルクの街の模型。石橋にまだ3つの塔があり、大聖堂の双子の尖塔は、まだ完成していなかった時のものです。
レーゲンスブルクの入り口であった石橋のすぐ側、1320年に造られた城壁の内部のこの場所、きっと賑やかな通りだったことでしょう。
中世の街並みが残る街、レーゲンスブルクの楽しみ方の一つとして、タイムスリップも楽しい旅の思い出になることでしょう。

 

※記事は掲載日時点での情報であり変更されている可能性もあります。ご了承下さい。(掲載日:2018/10/03)
※旅行前には必ず、外務省の海外安全ホームページで訪問地の安全情報についてご確認ください。
※この記事はガイドレポーターの取材によって提供された主観に基づくものであり、記事は取材時時点の情報です。
 提供情報の真実性、合法性、安全性などについては、ご自身の責任において事前に確認して利用してください。
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