復元しているパルテノン神殿は、最初の神殿ではない?

アテネのアクロポリスその1からの続きです。さて、面白いことにこの神殿は、後に違う用途で使われ始めます。6世紀にはキリスト教の聖堂、中世にはカトリック教会として。15世紀には占領されたオスマントルコによって今度はモスクに改築され、使用されました。その頃までは原形をある程度とどめていいたわけですが、現在私たちが見る姿は柱と屋根の一部を残す程度。残念ながら、後の戦争で被害を被るのです。17世紀、ベネチア共和国とトルコの間で戦争が起こり、トルコが火薬庫としてこの神殿を使っていました。そのせいで、ベネチア軍が火薬庫を狙い爆破したため、神殿は大きく破壊されてしまう運命をたどりました。その爆破の痕跡は、神殿を正面にして、左側へ回ると見られます。

古代ギリシャへタイムスリップ。アテネにある世界遺産のアクロポリス遺跡 その2 古代ギリシャへタイムスリップ。アテネにある世界遺産のアクロポリス遺跡 その2

ただの柱ではない?優秀な古代ギリシャ人

柱と屋根の一部のみを残す、現在の神殿。10メートルもの高さのドーリア式の石柱が、46本も並んでいます。一見、垂直に建っているように見えるのですが、屋根の重みを支えるため内側に傾けてあったり、全く同じ太さのようですが角にある柱は他のものより太くしてあるなど、美しさだけでなく、建築設計的にも熟考されて造られています。古代ギリシャ人の優秀さにあっぱれ! ところで、普段、何気に目にしているユネスコ世界遺産のマークが、このパルテノン神殿の柱をモチーフにしていることをご存知ですか。UNESCOの一文字ずつがパルテノン神殿の柱をもじってデザインされているんですね。

写真スポットとリカヴィトスの丘が見える展望台

パルテノン神殿は巨大すぎて、近づいても写真を枠内に収めきれません。そんなときは、少し離れて撮影するのがいいからと、良さそうなスポットを探してみることに。神殿から少し離れた所に人だかりがあり、そこが展望台でした。展望台へ上がると人物を入れた写真もうまく撮れました。離れすぎて神殿が小さくなってしまうようなら、展望台の手前の人が入らない辺りで撮影するのもおすすめ。ちなみに、この展望台は下に広がるアテネの町も見下ろせます。さらに、向かいにはアテネのもう一つのシンボル、リカヴィトスの丘が見えました。こんな景色が眺められるのもここからだけなので、展望台にもぜひ足を運んでみましょう。(その3に続く)