「ヨーロッパ最古の文明」とも言われる古代文明

高校の世界史の教科書の最初の方は古代文明で、順番でいうとメソポタミア、エジプト、イランに続いて出てくるのが、「古代ギリシャ・ローマ世界」の章です。その最初を飾るのが前2000年頃に始まる「ミノア文明」です。ヨーロッパではそれ以前にもイギリスやフランス、マルタ島などの巨石文化、ギリシャのキクラデス文化などがありましたが、都市を築いて文字を持った「文明」はこのミノア文明が最初で、「ヨーロッパ最古の文明」とも言われます。ミノア文明の名前はギリシャ神話の中のミノス王に由来しており、クレタ島に栄えたことから「クレタ文明」とも言います。今回はエーゲ海に残る、そのミノア文明の名残りを紹介しましょう。

ミノア文明が栄えたクレタ島のクノッソス宮殿跡 ミノア文明が栄えたクレタ島のクノッソス宮殿跡

前2000年ごろの民族移動の影響を受けずに発展

オリエント地域の古代文明というと、まずは前3300年頃に始まったメソポタミアのシュメール文明、前3000年頃のエジプト文明が他地域に先行して、青銅器時代に入ります。インダス文明は少し遅れて前2600年ごろに開始。しばらくはこの3地域を中心に歴史は進みますが、前2000年ごろからインド・ヨーロッパ語族の拡散が始まり、世界各地で影響を及ぼし始めます。エーゲ海地域ではこの頃からギリシャ人が移住してきて、トロイやミケーネといった都市国家を生み出していきますが、本土から離れたクレタ島ではその前から非ギリシャ系と思われるクレタ人が、独自の文化を生み出していました。クレタ島は本土から離れていたので民族移動の影響を受けることが少なく、エジプトや地中海諸都市との交易によって栄えていくのです。

クノッソスなどの都市を中心に栄えたミノア文明

このころにはエジプトから帆を使う航海技術も伝わり、15人乗りほどの船が荷物を積み、地中海を行き来していたようです。この海洋文明とも言えるミノア文明の中心となるのは、現在のクレタ島の都市イラクリオンの郊外にあるクノッソスでした。クレタ島の大きさは広島県ほどで、ほかにもファイトス、マリアといった都市が栄えていました。それらは別の都市国家だったのか、それともクノッソス宮殿を都とした国家の中の一都市だったのかは、発掘された文字(線文字A)が解読されていないのでわかっていません。ミノア文明は前2000年ごろに始まり、前1400年ごろに滅亡しました。(その2に続く)