火災により焼失したクノッソス宮殿

「ヨーロッパ最古の文明? 地中海に栄えたミノア文明とは?」その2からの続きです。さて、実際のクノッソス宮殿の跡に行ってみましょう。この遺跡はクレタ島の中心都市イラクリオンの郊外にあります。市内のイラクリオン考古学博物館前からバスが出ており、片道30分ほど。ミノア文明は「海洋文明」と言われていますが、都であるクノッソスは内陸の丘陵地帯の高台にあったのですね。宮殿遺跡は一辺約160mあり、「迷宮」にふさわしく約1200もの部屋がありました。この場所にミノア文明が栄えたのは前2000〜前1500年ごろ。文明崩壊の原因として有力な説は、ギリシャ本土にいた「ミケーネ人の侵攻によるもの」です。しかし焼失前にすでに宮殿は、ミケーネ人の手に落ちて100年ぐらいたっていました。ともあれわかっているのは、前1375年ごろにこの宮殿が火災で焼失したことです。宮殿は何日にも渡って燃え続け、その後ミノア文明が復興することはありませんでした。

観光客が訪れるクノッソス宮殿跡。フレスコ画などは、現地にあるのはレプリカ 観光客が訪れるクノッソス宮殿跡。フレスコ画などは、現地にあるのはレプリカ

宮殿から見つかったミノア文明のフレスコ画

クノッソス宮殿は火事で焼失したので、当時のもので残るのは主に土台となる石造の部分です。壁はレンガ、屋根や柱は木造だったのでほぼ残っていませんが、崩れた壁の一部から見事なフレスコ画が見つかりました。フレスコ画のテーマですが、のちの古代ギリシャに見られるような兵士や戦闘などの男臭いものはありません。「パリジェンヌ」と名付けられたカールした髪を持つ女性、泳ぐイルカ、牛を飛び越える人など、のびのびとした明るいものが多いのです。ただしそれらは後世のかなり想像が入っての復元なので、本物がどうだったかは今では分かりづらくなっています。

安っぽく見えてしまう雑な復元に問題あり!

また、このクノッソス遺跡には問題があります。現代の私たちの目から見ると、20世紀初頭にされた遺跡の修復がとてもイージーなことです。本物のフレスコ画や発掘品が博物館に収められているのはいいのですが、その代わりに遺跡に置かれているレプリカの再現度がとても低いのです。もとのレンガをコンクリートにしているとか、彩色も当時の自然塗料ではなく安っぽいペンキなのです。たとえば、日本で平安時代の寺院を再現するのに、鉄筋コンクリートで簡単に仕上げたようなものです。そんなこともあり、このクノッソス宮殿は世界史上重要な遺跡にもかかわらず、世界遺産に登録されていないのだろうと思いました。(その4に続く)