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海外現地発ガイド通信

皇女エリーザベトの席が残る、大戦の難を免れたオペラ座を見学


掲載日:2009/01/26 テーマ:オペラ・音楽 行き先: ハンガリー / ブダペスト

タグ: すごい! オペラ


アンドラーシ通りはブタペストのシャンゼリゼー

オペラ座にダルシンハーズ通りから入ると現れる大階段 オペラ座にダルシンハーズ通りから入ると現れる大階段

ペスト地区の中心部、三本の地下鉄が交差するデアーク・フェレンツ広場からまっすぐに北西へ延びるアンドラーシ通り。1872年にオーストリア=ハンガリー二重帝国の外相アンドラーシによって建設された。彼はパリを見てブダペストの都市改造計画を思い立ち、シャンゼリゼー通りのように両側に美しい建物が並ぶ幅の広いメイン通りを造ろうとした。デアーク・フェレンツ広場に近い所では両側にカフェ、レストラン、ヨーロッパのブランドショップが並んでいるが、そんな中で、ひときわ際立っているのがオペラ座である。

赤いビロードとゴールで覆われた内部

赤いビロードとゴールドに圧倒される内部 赤いビロードとゴールドに圧倒される内部

デアーク・フェレンツ広場から黄色い地下鉄のM1号線に乗って二つ目の駅がOpera。ここで降りて地上に上がると目の前にオペラ座が現れる。オペラ座は9年の歳月を掛け、1884年に完成した。設計はイブル・ミクローシュ、客席の天井画はロツ・カーロイ。ともにハンガリーを代表する建築家と画家である。ブダペストのオペラ座はウィーンのオペラ座を真似たと言われているが、確かに外観は良く似ている。多少小規模で、客席はウィーンのオペラ座よりも200席程少ない。しかし内部の美しさははるかにウィーンを凌いでいる。真っ赤なビロードで覆われた座席やカーテンに、ゴールドの淵飾りが眩しいほど施されている。大戦の難を免れているので建設当時のオリジナル建物だ。

今でも残る皇帝夫妻のための入り口

アンドラーシ通りに面したオペラ座 アンドラーシ通りに面したオペラ座

アンドラーシ通りに面した正面入り口には、両側にリスト・フェレンツ(フランツ・リスト)とエルケル・フェレンツというハンガリーが生んだ二大音楽家の彫像が置かれている。オペラ公演のある日は、夕方からオペラ座の前は活気づいてくる。着飾った紳士淑女が腕を組んでやってくる。ところでオペラ座にはもう一つの入口がある。建物左手のダルシンハーズ通りに入口があり、VIPはここから入る。もともとはオペラ座が建てられた当時のハンガリー皇帝であった、ハプスブルク家のフランツ・ヨーゼフ皇帝夫妻のために造られた入口だ。そこから入ると見事な大階段が現れる。皇女エリーザベトのために、と特別に姿見用の大きな鏡もある。

シシィ・ロージェ

シシィ・ロージェと呼ばれる舞台の真上のボックス席 シシィ・ロージェと呼ばれる舞台の真上のボックス席

皇女エリーザベトがハンガリー贔屓だったことはよく知られている。ウィーンの宮廷を嫌い、常に旅を続けていたエリーザベト。ハンガリーはお気に入りの場所で、しばしばブダペストへやってきた。フランツ・ヨーゼフ皇帝もブダペストにやってきたが、忙しさから滞在は短かった。エリーザベトは一人ブダペストに残り、自由気ままな時間を過ごす。彼女はよく一人でオペラ座を訪れた。お忍びでやってきたため、貴賓室ではなく、そっと舞台の上の席から鑑賞した。それは舞台左上のボックス席だ。美しい皇女の姿を市民が見逃すわけはなかっただろうが、見ぬふりをしていた。そこはシシィ・ロージェと呼ばれ、今日でもオペラ座見学の目玉になっている。荘厳華麗なオペラ座を是非一度訪れてみよう。

【関連情報】

■ Magyar Allami Operahaz ハンガリー国立歌劇場
住所:Andrassy ut 22
アクセス:M1号線オペラOpera下車
※当日券や前売り券を買うには、正面入口から入ってすぐ左にチケット売り場の窓口がある。

 

※記事は掲載日時点での情報であり変更されている可能性もあります。ご了承下さい。(掲載日:2009/01/26)
※旅行前には必ず、外務省の海外安全ホームページで訪問地の安全情報についてご確認ください。
※この記事はガイドレポーターの取材によって提供された主観に基づくものであり、記事は取材時時点の情報です。
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