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海外現地発ガイド通信

知られざるリストの足跡をブダペストで巡ろう


掲載日:2018/11/13 テーマ:物語のあの場所 行き先: ハンガリー / ブダペスト

タグ: 音楽 街歩き 歴史


華やかな音楽家の意外な一面

ブダペストの国立歌劇場入口にあるリスト像。ハンガリー語ではリスト・フェレンツ(日本と同じように名字が先、名前が後)と言う ブダペストの国立歌劇場入口にあるリスト像。ハンガリー語ではリスト・フェレンツ(日本と同じように名字が先、名前が後)と言う

天才ピアニストで作曲家のフランツ・リスト。幼いころから音楽の才能を発揮し、彼の生涯は実に華やかで栄光に満ち溢れていた。ハンガリーのドヴォルヤーン(現オーストリアのライディング)に生まれたが9歳で故郷を離れ、ウィーンで本格的に音楽を学ぶ。その後、演奏活動や仕事の拠点としてヨーロッパ各地に移り住む。ピアノ演奏では高度な技術を駆使し、天才ピアニストとしての名声はヨーロッパに鳴り響いた。加えて美貌にも恵まれていたため女性にモテること甚だしく、女性関係の方も大変華やかだった。そんなリストなのだが、意外な面も持ち合わせている。50歳を過ぎて神学を学び、聖職者としての修養を積み、儀礼を司る資格はないものの正式な聖職者になったのである。

晩年になって祖国へ戻り、音楽指導に熱を入れる

大聖堂近くにあるリストが最初に住んだ館の中庭 大聖堂近くにあるリストが最初に住んだ館の中庭

それは突然というよりも、子供のころから信仰心が厚かったったリストにしてみれば自然なことだったのかもしれない。聖職者になってローマで生活する間にミサ曲やオラトリオなど宗教音楽をいくつか作曲した。彼はそれまでハンガリーに長く留まることはなかったが、ブダペスト大洪水の時には多額の義援金を贈るなど、決して祖国を忘れたことはなかった。60歳が近づいたときリストはハンガリーで音楽指導を行う決意をし、1871年にブダペストに居を構えた。最初の館は大聖堂とドナウ川の間のナードル通りに現在もある。立派な中庭のある大きな建物で今もアパートメントになっている。リストが何階のどの部屋に住んでいたかは判らないが、入口に記念プレートが掲げられ、1871年から1873年まで住んでいたことが記されている。

ほとんど知られていない貴重なリストの足跡

リストのファンは是非この教会へ行き、リストが祈っていた席に座って彼を偲んでみよう リストのファンは是非この教会へ行き、リストが祈っていた席に座って彼を偲んでみよう

リストはブダペストに移った後も、10年間暮らしていたドイツのヴァイマールや娘コージマが住むバイロイトを長く訪れるなど、相変わらず海外生活が続く。そこでブダペストの音楽協会はエルジェーベト橋の近くのイラーニィ通りに音楽指導のための家をリストに提供した。そのことが後のリスト音楽院へと繋がっていく。家の壁には1875年から1879年までリストが住んでいたと書かれている。その家からほど近いフェレンツィエーク広場に聖フランシスコ教会がある。リストはここに毎日通い、祈りを捧げていた。大作曲家がいつも座った場所はリスト専用の席となり、彼の死後はそこに黄金のプレートが取り付けられた。ここの教会員以外はブダペスト市民でさえ、ほとんど知らない意外なリストの足跡である。

アンドラーシ通り界隈にあるリストゆかりの場所は知られている

3番目の館はリスト博物館になって、一般公開されている 3番目の館はリスト博物館になって、一般公開されている

ブダペストにはリストが住んだ館が3つある。最後に暮らしていたのはアンドラーシ通り67番にある有名な館だ。リスト博物館になっているので訪れた方も多いであろう。同じアンドラーシ通りの国立歌劇場には正面入り口脇にリストの座像がある。歌劇場が完成したのは1884年で、リストは73歳。さすがにここで演奏することはなかったが彼に敬意を表して石像が据えられた。アンドラーシ通りの地下鉄オクトゴン駅近くのリスト・フェレンツ通りにはピアノを弾いている様子のリスト像があり、すぐその先にはゼネアカデミア(リスト音楽院)が聳え、壁にはリストのレリーフ像がある。この辺りはガイドブックに載っているメジャーな場所だ。ブダペストでリストの足跡を辿ってみると、ドイツで出会うリストの面影とは異なることに気付かされて興味深い。

データ

聖フランシスコ教会内部、通路の右側、最前列にあるリストの記念プレート 聖フランシスコ教会内部、通路の右側、最前列にあるリストの記念プレート

リスト巡りのアクセス

最初に住んだ館
地下鉄3号線アラニ・ヤーノシ・ウッツァ下車。アラニ・ヤーノシュ通りをドナウ川方面に進み、ナードル通りと交差したら左折。左手の最初の大きな館。

2番目に住んだ館 
バス5番マールシウス15.テールMarcius 15. Ter 下車、イラーニIranyi u.通りを北へ徒歩3分、右手角

聖フランシスコ教会
地下鉄3号線フェレンツィエク・テレFerenciek tere下車、真上

3番目に住んだ館
アンドラーシ通り67番。博物館の入口はヴェレシュマルティ通りVorosmarty u.にある。

ピアノを弾いているリストの像
地下鉄1号線オクトゴン下車、徒歩3分のリスト・フェレンツ通り

ゼネアカデーミアZeneakademiaリスト音楽院(現在はリスト音楽大学)
地下鉄1号線オクトゴン下車、徒歩4分のリスト・フェレンツ通り

 

※記事は掲載日時点での情報であり変更されている可能性もあります。ご了承下さい。(掲載日:2018/11/13)
※旅行前には必ず、外務省の海外安全ホームページで訪問地の安全情報についてご確認ください。
※この記事はガイドレポーターの取材によって提供された主観に基づくものであり、記事は取材時時点の情報です。
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