イスラエルのエルサレムは絶対に見ておきたい聖地

イスラエルのエルサレム旧市街は、世界遺産の中の世界遺産と言ってもいいようなところです。ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の聖地で、三種三様のシナゴーグや教会、モスクが肩を寄せ合うように建てられています。1981年に世界遺産に登録されましたが、申請国はイスラエルではなくヨルダンでした。といいますのも、旧市街を含む東エルサレムは、第一次中東戦争の一時期ヨルダンの支配下に置かれていたことがあり、日本を含む国際社会では、現在までイスラエル領土とは承認されていません。また当時イスラエルは世界遺産条約を批准していなかったので、こうしたかたちとなったのです。今でもここは、申請はヨルダンというだけで、唯一、どの国も属さない世界遺産として登録されているのです。それほど複雑な歴史的、宗教的、民族的事情が絡んでいると言えるでしょう。

歴史は繰り返す? イスラエルに「嘆きの壁」以外の壁ができちゃった 歴史は繰り返す? イスラエルに「嘆きの壁」以外の壁ができちゃった

2000年以上前からの町

エルサレムの旧市街は、細い路地や坂道、階段が多く、古色蒼然とした雰囲気です。キリストが磔刑にされたゴルゴダの丘であろうと言われる場所には、坂道を上った先に聖墳墓教会が建てられています。深い歴史を感じさせられます。そんな中でも旅行者の目を引くのが、ユダヤ地区の「嘆きの壁」でしょう。黒い小さな丸い帽子(キッパ)を頭にかぶった髭面の男たちが、壁に向かって祈りを捧げています。宗教や祈りを、ここほどダイレクトに感じられる場所は、世界でもないかもしれません。この嘆きの壁は、紀元前に建てられたソロモン神殿の土台の壁です。ユダヤ人が祈る姿に、神殿が取り壊されてしまった「嘆き」を感じたヨーロッパ人が、命名したと言われています。そしてこの壁の上に、超然と金色に輝くのが7世紀に完成したイスラム教の「岩のドーム」です。イスラエルとイスラム教の国々が敵対する理由が、はっきりと目に見えるようです。

今や観光地化してしている二つの壁

イスラエル政府は、度重なるテロ攻撃を押さえるために、2002年からパレスチナ人居住区との間に分離壁を建設し始めました。高さ8メートル、総延長距離700キロにも及ぶものです。イスラエルには、ユダヤ人だけではなく、4人に1人はアラブ人もいます。そんなアラブ人にとって、分離壁は、友人や親戚との関係を分断する壁となってしまいます。歴史は繰り返すのでしょうか。イスラエル政府は、パレスチナ領とされる土地にまで、分離壁の建設を進め、パレスチナ人にとっての嘆きの壁となってしまったのです。国際司法裁判所は国際法違反としていますが、既成事実化しています。エルサレムの10キロ南にあるキリストの生誕地ベツレヘムに行くと、分離壁を目にすることができます。現在、分離壁のおかげかテロが激減し、イスラエルは旅行できる国になっています。そして旅行者は、嘆きの壁と分離壁、この二つの壁を見に行くようになりました。