夜行移動で美しい海岸線を満喫しつつ…レッジョ・ディ・カラブリアのサッカーを体感!

イタリア・メッシーナ(シチリア島)・歴史の現地ガイド記事

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夜行移動で美しい海岸線を満喫しつつ…レッジョ・ディ・カラブリアのサッカーを体感!

掲載日:2008/08/25 テーマ:歴史 行き先: イタリア / メッシーナ(シチリア島) ライター:元川悦子

タグ: サッカー スタジアム



ABガイド:元川悦子

【サッカー観戦のABガイド】 元川悦子
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長野県出身。夕刊紙記者などを経て、94年からフリーのサッカーライターに。著書に「U−22」(小学館)「初めてでも楽しめる欧州サッカーの旅」(NHK出版)「古沼貞雄 情熱」(学習研究社)ほか。Jリーグ、日本代表から海外まで幅広くフォロー。W杯は94年大会から4回連続で現地取材した。現在も日本代表ウォッチャーとして世界各国を回っている。

ティレニア海に面するレッジョカラブリアの町。夏は海水浴客で大いに賑わうバカンスの名所でもある ティレニア海に面するレッジョカラブリアの町。夏は海水浴客で大いに賑わうバカンスの名所でもある

中村俊輔が2002年夏から3シーズン所属していたクラブ・レッジーナ

首都・ローマを後にしてイタリア南部へ向かう。目的地はイタリア半島の最南端、長靴半島の親指の先に当たるレッジョ・ディ・カラブリア(Reggio di Calabria)。2002年夏から3シーズン、中村俊輔(現セルティック)が所属していたレッジーナ(Reggina Calcio 1914 s.p.a)のある町だ。私自身も彼がいた頃、年に3〜4回は当地を訪れていただけに思い入れが深い。のんびりとした田舎町なのだが、美しいティレニア海や対岸に見えるシチリア島やエトナ山などを目の当たりにするだけで、心癒されたものだ。

 

レッジョ・カラブリアのメイン通りであるコルソ・ガリバルディ レッジョ・カラブリアのメイン通りであるコルソ・ガリバルディ

空いていれば天国、混雑時は地獄!?それでも海岸線を満喫できる夜行がいい

飛行機でひとっ飛びの旅もいいけれど、イタリア南部の旅情を満喫したいのなら夜行列車をお勧めしたい。夜行を使えば、スタディオ・オリンピコでローマかラツィオのナイトマッチを見た後、大急ぎでテルミニ(Roma Termini)駅かティブルティーナ(Roma Tiburtina)駅に移動してシチリアの列車に飛び乗れば、翌朝にはもうレッジョに到着している。ただし、問題はシチリア行きの列車が週末やバカンスシーズンなどは大混雑すること。きちんと予約をして列車に乗り込んでも、一家揃ってコンパートメントを占領している家族連れは後を絶たない。「ここは私の席だ(Quest e mio posto!)」と主張しても、申し訳程度にスペースを空けて「どうぞ(Per favour)!」と言われるくらい。夜行は空いていれば天国だが、超満員だと地獄だということをよく覚えておこう。それでも、ローマからレッジョへ行く途中に夜が明け、太陽が昇り始めると、青々とした海が目に飛び込んでくるので疲れを忘れる。これほど美しい海岸線は日本にいたらまず見られない。これはぜひ一度、体験してほしいものだ。

 

レッジーナのホーム「スタディオ・オレステ・グラニッロ」 レッジーナのホーム「スタディオ・オレステ・グラニッロ」

夏になると大勢のバカンス客が訪れる、牧歌的な雰囲気のレッジョの町

レッジョは人口18万の小さな町。オリーブオイルと柑橘系の果物・ベルガモットの生産で知られる。中央駅も日ごろは閑散としていていかにも田舎っぽい。ここが町歩きの基点になる。「イタリアで最も美しい1km」といわれる海岸通り「イタロ・ファルコマータ」には、夏になると大勢のバカンス客が押し寄せる。レッジョ最大の繁華街「コルソ・ガリバルディ」に出ると、レッジーナのパスクアーレ・フォティ会長が経営するブティック「FOTI−G」などが建ち並び、洗練された雰囲気だ。中村がレッジーナでプレーしていた頃、このあたりを歩いているだけで「ナカム〜ラ、ファンタジ〜スタ!」と地元の人に何度も声をかけられた(今も日本人を見ればそうするかもしれない)。町のサッカー熱は北部以上に高いのだ。南イタリアではシエスタを取るのが当たり前。お昼過ぎから夕方にかけては店が閉まり、人通りも途絶えるので要注意だ。

 

2003-04シーズン開幕戦で、中村俊輔所属のレッジーナ対柳沢敦所属のサンプドリアがこのオレステ・グラニッロで激突した 2003-04シーズン開幕戦で、中村俊輔所属のレッジーナ対柳沢敦所属のサンプドリアがこのオレステ・グラニッロで激突した

典型的なエレベータークラブだが、ここ7シーズンはセリエAを死守

本題のサッカーだが、1914年に創設されたレッジーナはセリエAとBを行き来する典型的なエレベータークラブだった。しかし中村俊輔が加入した02-03シーズンから7年連続でセリエAに残留している。このうち最も好成績だったのが、中村ラストの04‐05シーズンの10位だ。この時、チームを率いたワルテル・マッツァーリ監督(現サンプドリア)は中村を2列目のポジションに固定し、攻撃センスを存分に生かそうとした。この指揮官に出会っていなければ、セルティックでの成功もなかっただろう。08−09シーズンも引き続きセリエA残留を目指すことになるが、中村とポジションを争ったレッジーナの王子、フランチェスコ・コッツァもまだまだ健在。守備重視で手堅く勝ち点を取る彼らのサッカーを見るのもまだ一興といえる。
レッジーナの本拠地は「スタディオ・オレステ・グラニッロ(Stadio Comunale Oreste Granillo)」。中央駅から徒歩10分のところにある。試合日になると、スタジアム周辺ではキックオフ前からレプリカを着たサポーターが大騒ぎしている。チケット売り場も長蛇の列だ。が、ACミラン戦、ユベントス戦などビッグマッチでない限り、当日券の入手は問題ないだろう。

 

何度か見られた中村俊輔と中田英寿の日本人ダービー。2004年10月のレッジーナ対フィオレンティーナ戦が最後の顔合わせとなった 何度か見られた中村俊輔と中田英寿の日本人ダービー。2004年10月のレッジーナ対フィオレンティーナ戦が最後の顔合わせとなった

数々の日本人ダービーの歴史を辿り、庶民的な雰囲気を味わう!

何度か訪れたオレステ・グラニッロだが、中村と柳沢敦(現京都)の日本人ダービーとなった03−04シーズン開幕戦のサンプドリア戦、あるいは中村と中田英寿の最後の直接対決となった2004年10月のフィオレンティーナ戦などは印象深い。サンプドリア戦の時はクルバ(ゴール裏)にクラブ発足年を表す「1914」という人文字が作られたし、フィオレンティーナ戦の時はひっきりなしに発煙筒が焚かれた。選手同士の当たりは激しく、局面局面の攻防も熾烈だった。今では日本人ダービーを見ることはできないが、熱心なティフォージ(サポーター)は当然、こうした試合を記憶しているはず。日本人のファンが訪れれば、きっと大切にしてくれるに違いない。
中村自身も庶民的なクラブを気に入っていたようで、試合後もスタジアムから家まで歩いて帰っていたほど。物々しい警備もなければ、ガードマンもいなかった。市民との垣根がない生粋の町クラブであるレッジーナ。そんな長閑な雰囲気を感じてほしいものだ。

 
 

※記事は掲載日時点での情報であり変更されている可能性もあります。ご了承下さい。(掲載日:2008/08/25)
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※この記事はガイドレポーターの取材によって提供された主観に基づくものであり、記事は取材時時点の情報です。
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