シチリアの玄関口・メッシーナで、柳沢敦、小笠原満男のセリエA時代の足跡を辿る!

イタリア・メッシーナ(シチリア島)・サッカー観戦の現地ガイド記事

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シチリアの玄関口・メッシーナで、柳沢敦、小笠原満男のセリエA時代の足跡を辿る!

掲載日:2008/09/01 テーマ:サッカー観戦 行き先: イタリア / メッシーナ(シチリア島) ライター:元川悦子

タグ: サッカー スタジアム 教会 絶景



ABガイド:元川悦子

【サッカー観戦のABガイド】 元川悦子
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長野県出身。夕刊紙記者などを経て、94年からフリーのサッカーライターに。著書に「U−22」(小学館)「初めてでも楽しめる欧州サッカーの旅」(NHK出版)「古沼貞雄 情熱」(学習研究社)ほか。Jリーグ、日本代表から海外まで幅広くフォロー。W杯は94年大会から4回連続で現地取材した。現在も日本代表ウォッチャーとして世界各国を回っている。

高台から見えるメッシーナ海峡。対岸にはレッジョ・ディ・カラブリアの町がある 高台から見えるメッシーナ海峡。対岸にはレッジョ・ディ・カラブリアの町がある

今年、突如として経営破たんし、我々に衝撃を与えたFCメッシーナ

前回はレッジョ・ディ・カラブリアを取り上げたイタリア編。今回はメッシーナ海峡を挟んで対岸にあるメッシーナを取り上げる。この町に本拠地を置くクラブ「FCメッシーナ(F.C.Messina Pelero S.r.l)では、かつて柳沢敦(現京都、2004年夏〜2006年2月末に在籍)、小笠原満男(現鹿島、2006〜07シーズンに在籍)の2人がプレー。我々日本人サッカーファンにも馴染み深いクラブだった。中村俊輔(セルティック)がレッジーナにいた2004年秋には、柳沢との「日本人ダービー」も実現している。
そのメッシーナが今年、突如として経営破たんしてしまった。07−08シーズンにはセリエBを戦い14位で終えたが、約6億円の累積赤字があることが判明。今季のセリエB登録から外れたのだ。クラブ再建のメドも立たず、プロクラブが登録できるセリエC1、C2にも入れなかった。自治体側はアマチュアリーグのセリエDからの再スタートを決定。今季のセリエDが9月7日から始まったばかりだ(詳しくはクラブ公式HP、http://www.fcmessina.it/home.aspを参照)。そんな厳しい現実にさらされてはいるが、せっかく日本人選手が2人もプレーした土地である。あえてここで、町とサッカー文化を紹介しておきたい。

 

メッシーナのドゥオモ(大聖堂) メッシーナのドゥオモ(大聖堂)

容易に行き来できるメッシーナとレッジョ・ディ・カラブリア。列車移動もお勧め!

メッシーナとレッジョ・ディ・カラブリアはフェリーでたったの20分の距離だ。船は1時間に1本出ているので、容易に行き来できる。ローマからメッシーナへ列車で行こうとすると、必ずヴィラ・サンジョバンニ(Villa San Giovanni)を通るが、ここで車両が切り離されてフェリーの船底に入るのが面白い。その間、乗客は甲板に出て潮風にあたることもできるが、とにかく待ち時間が長い。海峡を渡る時間そのものは10分足らずなのに、ヴィラ・サンジョバンニ〜メッシーナの所要時間1時間もかかる。こののんびりムードが南イタリアらしいところ。日ごろの喧騒を忘れるにはぴったりだ。

 

03-04シーズンまで使われた旧スタジアム「スタディオ・ジョバンニ・チェレステ」 03-04シーズンまで使われた旧スタジアム「スタディオ・ジョバンニ・チェレステ」

シチリア3番目の都市でドゥオモやメッシーナ海峡の美しい間が目を満喫!

町歩きは中央駅(Messina Centrale)から始まる。メッシーナは人口26万人が住むシチリア3番目の都市。第二次世界大戦で連合軍の空爆をうけた後に再建されたアラブ・ノルマン風の建築を誇るドゥオモ(Duomo)など、見どころは多い。トラムの走るコルソ・ガリバルディ(Corso Garibaldi)はお店が立ち並び、活気に満ちている。高台から一望できるメッシーナ海峡の眺めも素晴らしい。
この町は紀元前8世紀頃、ギリシャの植民都市として建設された。その時代は自然の入り江の形から「大きな鎌」を意味する「ザンクル(Zancle)」と呼ばれていた。紀元前396年にはカルタゴに侵略されるなど、地理的にも複雑な歴史をたどってきた。古期造山帯に属するヨーロッパでは珍しい地震のあるエリアでもある。1908年12月28日朝に起きた地震とそれに伴う津波では、都市のほとんどが破壊され、75,000人が亡くなるという痛ましい出来事も起きたという。シチリアゆえ若い労働者の流出や経済的な問題などを抱えるが、21世紀のメッシーナの人々は、明るく陽気に毎日を送っているようだ。

 

04-05シーズンのセリエA初昇格時にオープンした「スタディオ・サン・フィリッポ」。柳沢や小笠原もプレーした 04-05シーズンのセリエA初昇格時にオープンした「スタディオ・サン・フィリッポ」。柳沢や小笠原もプレーした

メッシーナにある2つのスタジアム、ジョバンニ・チェレステとサン・フィリッポ

サッカーに関しては、メッシーナが03−04シーズンにセリエA昇格を果たしてから、一気に火がついた感がある。メッシーナ海峡の海上交通を一手に担っていたピエトロ・フランツァ前会長は拡大路線をまい進し、ホームスタジアムも新設した。02−03シーズンまではトラム28番の終点にある「スタディオ・ジョバンニ・チェレステ(Stadio Giovanni Celeste)」を使っていたが、バスで20〜30分行った郊外にある4万人収容の「スタディオ・サン・フィリッポ(Stadio San Fillippo)」を完成させたのだ。
非常に見やすく臨場感のあるサン・フィリッポ で見た2004年10月31日の「メッシーナ海峡ダービー」は忘れられない。チームカラーのジャッロロッシ(黄色と赤)で彩られたスタンドは実に美しかった。衝突を避けるため、レッジョから来たアマラント(Amaranto=レッジーナのチームカラー)たちは金網で仕切られた一角に隔離されていた。一触即発のムードの中、柳沢は逆転ゴールをアシスト。日本にいる時には見せたことのない派手なパフーマンスを披露した。本人もこの日のことをよく覚えているという。小笠原が2006年10月21日のエンポリ戦で挙げたセリエA初ゴール時も、このスタジアムで行われた試合だった。

 

メッシーナ海峡ダービーの盛り上がりは凄まじい。だが、その風景を我々は次にいる見ることができるのか… メッシーナ海峡ダービーの盛り上がりは凄まじい。だが、その風景を我々は次にいる見ることができるのか…

レッジーナ、カターニャの試合とセットにして、意味のあるサッカーの旅を!

海峡ダービーのような華やかな舞台はもはや遠ざかってしまったが、メッシーナの公式戦がようやく見られるようになったのはうれしいことだ。我々日本人サッカーファンにとってメッシーナというのはやはり重要な土地である。レッジョ・ディ・カラブリアやカターニャでセリエAの試合を見た後、メッシーナに立ち寄って、美しい町並みやメッシーナ海峡で南イタリアの旅情を満喫し、2つのスタジアムで柳沢と小笠原の足跡を辿るのも、意味のあるサッカーの旅といえるだろう。

 
 

※記事は掲載日時点での情報であり変更されている可能性もあります。ご了承下さい。(掲載日:2008/09/01)
※渡航前に必ず現地の安全情報をご確認下さい。http://www.anzen.mofa.go.jp/
※この記事はガイドレポーターの取材によって提供された主観に基づくものであり、記事は取材時時点の情報です。
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