- 堂剛
- イタリア・フィレンツェ在住。2003年単独イタリア在住を決意し、中世の街オルビエートに移住。現在はフィレンツェを中心に幅広く日本とイタリアの架け橋を構築。日本人向けサイト「アーモイタリア」やイタリア人向け「ベルジャッポーネ」もその一つ。ワインと料理を愛し、イタリア全土の美味しいもの発掘がライフワーク
出発エリアをに変更しました。
オルヴィエートの町からボルセーナ方面に車で10分行くと、町全体を望める見晴し台があります。丘の上に浮かぶ町はまるで物語の世界
オルヴィエートは日本人には耳慣れない町ですが、ヨーロッパ内では人気の観光スポットとなっています。それは小さな町には不釣り合いな荘厳なドゥオモと、その誕生秘話に由来しているのです。その秘話があの有名な「ボルセーナの奇跡」です。
伝えられるところによれば、1293年ころにオルヴィエート近郊のボルセーナにある聖クリスティーナ教会でのミサでの出来事。ひとりの司祭のパンからキリストの血が滴りはじめ、聖餐布を血に染め始めたという。この奇跡を聞いた、当時オルヴィエートに滞在していた法王ウルバーノ4世の命でこの聖なる麻布はオルヴィエートに移され、その後まもなく、この遺品を収めるべくドゥオモの建設が着手されたのです。
一見の価値ありのオルヴィエートのドゥオモ。豪華で巨大なファザードは見るものを圧倒し、感動をももたらします
ドゥオモの建設は3世紀にもわたり、のべ33人の建築家、152人の彫刻家、68人の画家、90人のモザイク師の手が加えられたといわれます。
中心となったのはシエナの建築家ロレンツォ・マイターニで、彼の非凡な才能により、時代を超越した建築の大傑作が誕生しました。彼はドゥオモのファザード(正面)を3枚続きの絵画と考え、3つの尖塔を備えた金色に輝くモザイク画をはめ込みました。このオルヴィエートのドォーモはイタリア・ゴシック建築を代表する建物として世界に名を馳せています。
この素晴らしいファザードは、浅浮き彫りの装飾で覆われ、4本の大きな柱と、3枚のブロンズ扉からなっており、柱の美しいレリーフのテーマは左から、「旧約聖書のシーンと世界と人間の起源」「旧約聖書のシーンと予言者たち」「新約聖書のシーン(キリストの生涯)」「最後の審判」。3枚のブロンズの扉は20世紀を代表する彫刻家エミリオ・グレコによって制作されました。
シニョレッリのフレスコ画はダンブラウン作「天使と悪魔」の本の表紙にも使われています。その中でも「地獄に堕ちた者の追放」は名画中の名画とされています
ドォーモ内右側の袖廊には、聖ブリッツィオ礼拝堂があり、壁一面が当時ボッティチェリやペルジーノらとともに最高芸術家の一人と称されていたルカ・シニョレッリのフレスコ画で飾られています。この一連の壁画はイタリア美術史上の傑作とされています。ミケランジェロは彼の仕事を高く評価しており、システィーナ礼拝堂の代表作「最後の審判」はこのフレスコ画を参考にしたと言われています。
シニョレッリは1499年にから制作を始め、素晴らしい表現力と色彩感覚をもつ大傑作を仕上げています。文献によるとこの仕事の報酬として、住居や賃金の他に大量のオルヴィエートの白ワインも受け取っているのは、当時からこのオルヴィエート・クラシコが美味しかった証でしょう。
今も現役のオルガンは、日曜日のミサでその美しい音色を聞くことができます
オルヴィエートの壮麗なドゥオモの左奥の礼拝堂の入口の壁には、大きなパイプオルガンが置かれています。このパイプオルガンはイタリアで最大級といわれていて、5500本ものパイプからできています。
オルヴィエートはローマ=フィレンツェのちょうど中間点。イタリアの列車チケットは指定時間内の途中下車が可能なので、ちょっと息抜きに白ワインを片手にドォーモを眺めるのもひと味違った良い旅行の思い出となるでしょう。
■オルヴィエート観光案内所
住所:Piazza Duomo, 24 - 05018 Orvieto
電話:+39 0763-341-772
URL:http://www.comune.orvieto.tr.it/accessibile/I/39D106B5.htm
営業時間:
[平日] 8:15-13:50、16:00-19:00
[土日祝] 10:00-13:00、15:00-18:00
定休日: なし
※記事は掲載日時点での情報であり変更されている可能性もあります。ご了承下さい。(掲載日:2007/08/30)
※旅行前には必ず、外務省の海外安全ホームページで訪問地の安全情報についてご確認ください。
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